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『パティーが大学へ行ったころ』のセーラー服 Sailor Suit in When Patty Went to College [When Patty]

9月、仕事場に行って地震で崩れ落ちた本を整理していたら、ジーン・ウェブスターの原書で、何年も前に買ったものが床に転がっているのが見つかりました。人生七転び八起きUFO。

  When Patty Went to College は、なんとCentury 初版でした。へへーん♪ 150 と鉛筆で(もとから)書き込まれているので、1ドル50セントだったようです。どこで買ったんじゃろ。

  この本を見てひとつわかったのは、 "List of Illustrations" と目次の次に見出しがあって、5枚のイラストがリストアップされていることです。どういうことかというと、 Just Patty の Gutenberg のE-text が、どの版を使っているのかわからなかったのですが、やっぱりCentury 初版 (1911) を使用していて、そこにも "List of Illustrations" があり、そこからわかるのは、実は同じ1911年にGrosset & Dunlap 社から出た版(ページは同じ=組版が基本的に同じ)よりももとの Century 初版のほうがイラストが少ない、という驚くべき(?) 事実です。

  だから、自分の持っているGrosset 版の Just Patty のセーラー服画像を載せるのは大いに意味があると得心したのでした。

  ところで、いまだいたいは電車のなかで(数独をしないときは) When Patty Went to College を読み耽っているのですけれど、C. D. Williams による挿絵に描かれるPatty は床すれすれのスカート丈です。この本が出たのが1903年の3月。一部はジーン・ウェブスターがヴァッサー女子大に在学中 (1897-1901) に発表され、また、コピーライトとしては "Copyright, 1903, by/ THE CENTURY Co." の下に "1901, 1902 by TRUTH Co." と記されてもいます(詳細は不明というか未調査ですが)。

  ヴァッサー女子大のホームページやヴァッサー・エンサイクロペディアを見ると、少なくとも19世紀いっぱいまで、床を引きずるような、あるいは地面に付きそうな丈のスカートを履いていたことがわかります(運動着についてはブルーマーが1895年の最初のField Day から使用されていたようですけれど、それも丈の長いもの)だったようです。

  『あしながおじさん』(1912) の前年1911年に出版される Just Patty は、パティーが、親友のプリシラとともに大学進学の希望を固めている聖アーシュラ学院最高学年の様子を描いているのですけれど、1903年に、ウェブスターの処女出版として出る When Patty Went to College は、そのパティーが4年生の女子大の最上級生になっているのでした(読んでいるうちにわかってきましたw)。

  で、1911年の、(大学の前の)フィニッシングスクールでの生活を描く Just Patty には、テクスト内に middy blouse が何度か出てくるし、挿絵も紺と白のセーラー服が何度も描かれるのですけれど、1903年の、大学生活を描く When Patty Went to School には、セーラー服は一度だけ、 "sailor suit" というかたちでしか出てこず、挿絵もセーラー服的なものはぜんぜんありません。

  その1回というのは、最初の章でパティーがプリシラたちと一緒になって部屋の模様替えを画策しているときに、お下がりのラテン語辞典をもらえないかとやってくる新入生の描写で出てくるものです。

     A girl in a blue linen sailor-suit reaching to her ankles, and with a braid of hair hanging down her back, appeared in the doorway.  Patty examined her in silence.  The girl's eyes traveled around the room in some surprise, and finally reached the top of the ladder.
     "I―I'm a freshman," she began.
     "My dear," murmured Patty, in a deprecatory tone, "I should have taken you for senior; but"―with a wave of her hand toward the nearest dry-goods box―"come in and sit down.  I need your advice.  Now, there are shades of green," she went on, as if continuing a conversation, "which are not so bad with red; but I ask you frankly if that shade of green would go with anything?"  (4-5)
(編んだ髪の毛を背中に長く垂らし、くるぶしまで届く青いリネンのセーラー服を着た少女が、ドア口に現われた。パティーは黙ったまま彼女をしげしげと見た。少女の視線は少し驚いたように部屋を見回したあとで、とうとう脚立のてっぺんにたどりついた。
  「わ、わたし新入生です」と言い出した。
  「まあそう」とパティーは弁解めいた調子でつぶやいた。「上級生かと思ったわ。でも」――と一番近い衣装箱のほうに手を振って――「入って座ってちょうだい。アドバイスがほしいの。えーと緑色〔のカーペット〕があります」と会話が続いているように続けて、「それは赤とまったく合わないわけではないわ。けれど率直に言って、この緑色はそもそもなにかと合うと思う?」

  で、実はこのへんの英語、よくわからないのですけれど (should have taken you for a senior)、それはとりあえず目をつぶって(というか、もしかしてこの英語の表現こそが服の問題に関わるのかもしらんのだすが)、大学に入学したての女の子がくるぶし丈の長いスカートのセーラー服で現われているのは確かです。大学生たちがセーラー服を着ているのかは怪しい、たぶん。

  で、既に書いたように、この作品では middy blouse の言及も挿絵もなく、"sailor suit" も冒頭のここでだけ言及されるのでした。なんでやろ。頭混乱。大学でのセーラーは運動専用だったのかしら。

JustPatty172-173modifiedgauss.jpg
Just Patty (1911), illustration by C. M Relyea

    大学入学の1年前のパティーの、上が白ではなくてブルーのセーラー服姿(レア)。あ゛ー、くるぶしまで長くはないですねー。

  下の写真はヴァッサー大学の運動会の様子(この写真の数年前の1895年に女子大としては初めて開始されたのでした)。選手はブルマーだったようですが、審判の女性とか、スカート長いです。

Field Day 1897
image via "Field Day - Vassar College Encyclopedia" <http://vcencyclopedia.vassar.edu/athletics/field-day.html>

   写真のキャプションには99と書かれていますが、それは卒業年度かも知れず、ともかく本文では1897年のフィールド・デーの写真だと説明があります。1897年というとジーン・ウェブスターがヴァッサーに入学した年です。


だいじょうぶだよのエール  "All Right" Yelling [When Patty]

cheerleader-yelling-into-megaphone_Revere F. Wistehuff (1900 – 1971).jpg 
Revere F. Wistehuff (1900 – 1971), Cheerleader Yelling into Megaphone (c. 1930s), image via American Gallery: Greatest American Painters <http://americangallery.wordpress.com/2009/06/03/revere-f-wistehuff-1900-1971/>

When Patty Went to College (『パティーが大学生だった頃』)の第13章「外のもの音」で、パティーが「外のもの音」を忘れ、結果、役者たちがセリフをごまかした芝居の上演を終えたあとの一節――

     Patty crawled out from under the balcony and fell on her knees at Georgie's feet.
     Lord Bromley raised her up. "Never mind, Patty. The audience doesn't know the difference; and, anyway, it was all for the best. My mustache wouldn't have stayed on more than two minutes longer."
     They could hear some one shouting in the front, "What's the matter with Georgie Merriles?" and a hundred voices replied, "She's all right!"
     "Who's all right?"
     "G-e-o-r-g-i-e M-e-r-r-i-l-e-s."
     "What's the matter with the cast?"
     "They're all right!"
     The stage-door burst open and a crowd of congratulatory friends burst in and gathered around the disheveled actors and committee. "It's the best senior play since we've been in college." "The freshmen are simply crazy over it." "Lord Bromley, your room will be full of flowers for a month." "Patty," called the head usher, over the heads of the others, "let me congratulate you. I was in the very back of the room, and never heard a thing but your crash. It sounded fine!"
     "Patty," demanded Georgie, "what in the world were you doing?"
     "I was counting the stars," said the contrite Patty, "and then I remembered too late, and I turned around suddenly, and it fell off. I am terribly sorry." <http://www.gutenberg.org/files/21639/21639-h/21639-h.htm>

(パッティは、バルコニーの下からはい出してきて、ジョージーの足もとにひざまずいた。〈ブロムリー卿〉のボニーが、パッティを立たせていった。
  「気にしなくていいのよ、パッティ。観客は気づかなかったわ。それに、どっちにしろ、あれでなにもかもよかったのよ。あのままあそこにいたら、あたしの口ひげ、あと二分しかもたなかったのよ」
  出演者や委員たちは、見物席の前のほうからだれかがさけんでいるのを聞いた。
  「ジョージーはどう?」
  「申し分ないわ」
  と、数百の声が答えた。
  「だれが申し分ないの」
  「ジョー・・・ジー・メ・・・リ・・・ル・・・ス」
  「出演者はどう?」
  「みんな申し分ないわ」
  ステージドアがいきなりあいて、祝いをいおうとする友人たちがなだれこみ、そして、衣装を乱した出演者や委員をとりかこんだ。
  「この大学へきて以来、最高の劇だったわ」
  「一年生たちは、ただもう感激よ」
  「ブロムリー卿、あんたの部屋は、この一か月間、花だらけになるわ」
  場内係の責任者キャシーが、みんなの頭ごしに呼んだ。
  「パッティ、あたしにお祝いをいわせて、あたしは、ホールのいちばんうしろにいたので、あんたの〈もの音〉のほか、なにも聞こえなかったわ。とってもいい音だったわ!」
  ジョージーがつめよった。
  「パッティ、いったい、あんたはなにをしてたの?」
  後悔でうちひしがれたパッティはいった。
  「あたし、星をかぞえてたの。それから思い出したときは、もう時すでにおそしだったのよ。いきなりふりむいたら、あれがおっこっちゃって。ほんとうにごめんなさい。」(内田庶訳『おちゃめなパッティ大学へ行く』 260-262)

  で、太字のところに注意していただいて、つぎの一節は『あしながおじさん』の2年生5月4日付の手紙で体育祭の報告をするところです。――

     [. . .]  I won the fifty-yard sprint (eight seconds).
     I was pretty panting at the end, but it was great fun, with the whole
class waving balloons and cheering and yelling:

            What's the matter with Judy Abbott?
               She's all right.
               Who's all right?
               Judy Ab-bott!

     That, Daddy, is true fame.  Then trotting back to the dressing tent and being rubbed down with alcohol and having a lemon to suck.
(わたしは50ヤード走で勝ちました(8秒)。
  最後は息がハーハー切れてましたけれど、学年のみんなが風船を振ったりチアや声援を送ってくれたりして、とても楽しかったです。
     どうしたジューディー・アボット?
     彼女ならだいじょうぶ
     誰がだいじょうぶ?
     ジューディー・アボットよ!
  これは、たいへんな名誉なのです、ダディー。それから更衣用のテントにヒョコヒョコ戻ると、アルコールでマッサージしてもらい、すするレモンをもらい。)

WS000333.JPG

    いわゆるチアリーディングのchant というかyell というかは、たくさんあって、YouTube で探すのも容易ではないのですけれど、どうやら "All Right" と呼ばれてきた、遅くとも1880年代には存在していた応援のコトバのようです(1888年のシンシナティ市市制100年回顧する文章を1988年の市制200年のときに記述したCincinnati Magazin の記事――<http://books.google.co.jp/books?id=kx8DAAAAMBAJ&pg=PT9&lpg=PT9&dq=%22What's+the+matter+with%22++%22all+right%22++%22Who's+all+right%22&source=bl&ots=zshiRvMG8H&sig=_CCR_6NzKxrbOO6eqUjuq9WY7a4&hl=ja&ei=riArS4_9BoHq7APtk7iFBg&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CAgQ6AEwAA#v=onepage&q=%22What's%20the%20matter%20with%22%20%22all%20right%22%20%22Who's%20all%20right%22&f=false>)。あるいは1895年11月4日のNew York Times の記事 "New York's Poisonous Plants" <http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9C02E0DF1E3DE433A25757C1A9679D94649ED7CF> に描かれた大学の教室でのやりとり。

  Wikipedia の "Cheerleading" <http://en.wikipedia.org/wiki/Cheerleading> を見ると、1898年のミネソタ大学をチアリーディングの始まりみたいに書いているみたいなので、そして、上のふたつの記事は、純然たるスポーツの声援ではないので、この文句自体がいわゆるチアリーディング以前から存在していたのかもしれないですが、よくわかりません。

  ともあれ、cheering、yelling においては、チアリーダーが "What's the matter with XXX?" 〔XXX は校名やチーム名や人名〕と観客に尋ね、観客が "XXX is all right." と答え、さらにチアリーダーが "Who's all right?" と再度訊いて、名前が叫ばれる、という形式が受け継がれてきたようです。

  で、パティーのほうのは、このエールのパロディーだと思われるわけです。"G-e-o-r-g-i-e M-e-r-r-i-l-e-s." の部分はチアの応酬によくあるようにアルファベットを読んだのではないかと推測されます(自信はない)。いや、ちがうな。ただゆっくりと発音している感じですか。ですね。

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"Girls' Athletics <http://www.elks.net/YearBooks/1929/girls.htm> 〔Round Valley High School の1929年ごろのスポーツ活動を記述したページ。写真付き〕 

PostcardCornellUniversityCheerleader1906.jpg
1906年のコーネル大学のチアリーダーの絵葉書 via "Cheerleading," Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Cheerleading>

"C-H-E-E-R-S~A Collection of Cheerleaders' Favorite Cheers" <http://cheerleading.about.com/od/cheerschantsyells/a/040301a.htm>

 

 


『おちゃめなパッティ大学へ行く』のエピグラフについて Epigraph to _When Patty Went to College_ [When Patty]

このあいだ本の部分の名前について書くときに、ジーン・ウェブスターの When Patty Went to College (1903) を参照したのですが、その献辞 (Dedication) が気になって、内田庶訳『パティ、カレッジへ行く』(講談社マスコット文庫、1967年)を底本として組みなおしたブッキング(復刊ドットコム fukkan.com を楽天と共同で運営している出版社)の『おちゃめなパッティ大学へ行く』(ブッキング、2003年)を開いてみました。そしたら、案の定というか、献辞は訳されておらないのでした。翻訳ってこういうことがしばしばあります。ちなみに『あしながおじさん』の献辞は "TO YOU" (あなたへ) という、謎めいたものです。まだ奥さんと別れられずにウェブスターと結婚できないでいるマッキニーを指しているという説がなんとなくまことしやかに有力ですが、幼いひとびとがこれを見ると、「わ、自分のために?」とよい誤解をする可能性もあるし、いや、それは誤読でないかもしれない。作品の構造を考えてみると、手紙の書き手であるジェルーシャ・アボットの声と、その手紙を編集した誰か(著者?)の声がかさなって、手紙の宛て先を示しているようにも結局思われます(だから、あなた=読者でいいのかもしれない)。・・・・・・

  さて今回のおはなしは献辞ではなくてエピグラフについてです。エピグラフ (epigraph) というのは、作品の冒頭や、章の冒頭に置かれて、あとにつづく本文の内容をそれとなく暗示しつつ、一種の「銘」として、読んだ後でああ、なるほどと響き合っていることがわかるような文章のことです。引用の場合が多いです(ということは他のテクストと関係性を築くという働きもあります)。題辞とか銘句という、パソコンで一発変換してくれない熟語に訳されることもありますが、カタカナで呼ぶことのほうが文学関係では多いかと思います。

  で、『おちゃめなパッティ大学へ行く』には、目次と本文(1 ピータースは情にもろい)とのあいだの7ページに、つぎのような詩が刻まれています。――

リラのさかりも
バラのさかりも
ことしの春はもうこない
リラのさかりも
バラのさかりも
ナデシコのさかりも
すぎてしまった
     モリス=ブショール

  しかし、自分のもっているセンチュリー初版にはこういうエピグラフはついていませんでした。ですから気になって、プロジェクト・グーテンベルクの e-text <http://www.gutenberg.org/files/21639/21639-h/21639-h.htm> と、Grosset & Dunlap 社の1913年のリプリントの e-text <http://www.archive.org/stream/whenpattywenttoc00websiala#page/n5/mode/2up> を見てみました。が、やっぱり見当たりませんでした。それらしいコトバで検索をかけても見つかりません。

  で、謎です。

  訳者が挿入したものなのでしょうか。わかりませんが、注釈だけ書き留めておきます。モ(-)リス・ブショール Maurice Bouchor, 1855-1929 はパリ生まれの詩人・彫刻家です。1875年の詩集 Poèmes de l'amour et de la mer (『愛と海の詩』)の第2部 La mort d'amour (「愛の死」)におさめられているのが "Le temps de lilas et le temps de roses" (「リラの時とバラの時」)という16行詩で、7行に分かち書きされた引用は、その第一連の訳であるようです。――

Le temps des lilas et le temps des roses
Ne reviendra plus à ce printemps-ci;
Le temps des lilas et le temps des roses
Est passés, le temps des oeillets aussi.

    Korin Kormick による英訳――

The time of lilacs and the time of roses
Will no longer come again to this spring;
The time of lilacs and the time of roses
Has passed, the time of carnations also.

  この詩は、前に別の歌で参照したことのある The Lied and Art Song Texts Page をみると、フランス語の原詩の歌としては、Charles Bordes, 1863-1909 により "Amour évanoui" として、そして、こちらのほうが有名ですが、Ernest Amédée Chausson (1855-1899) により "Le temps des lilas" として、曲をつけられて、歌われました。
"Ernest Chausson - Le temps des lilas [v: Nathalie Stutzmann; pf: Inger Södergren]

  エルネスト・ショソンはブショールの友人で、1875年の詩集 Poèmes de l'amour et de la mer の詩に1882年から10年にわたって曲をつけて1892年に完成したのでした(タイトルは単数形にして、Poème de l'amour et de la mer 作品19)。もともとオーケストラと声楽のための作曲でしたが、1893年2月にショソン自身がピアノを弾いてデジレ・ドメストというテノール歌手により発表、同年ソプラノ歌手エレノール・ブランと管弦楽でコンサートを開いています。全体で30分足らず。

  以上、メモ。

  「愛の死」ですから、リラとバラの時はわたしたちの恋(愛)とともに死ぬ(最終連――"Le temps des lilas et le temps des roses/ Avec notre amour est mort à jamais.")、という詩であります。いちおう謎のエピグラフなのですけれど、なにを考えていたのでしょうねー。青春時代の喪失なのでしょうか。いやだわー。

    この問題についてはちょっと考えてみようと思います。

Le temps des lilas et le temps des roses

Le temps des lilas et le temps des roses
Ne reviendra plus à ce printemps-ci; 
Le temps des lilas et le temps des roses
Est passés, le temps des oeillets aussi.

Le vent a changé, les cieux sont moroses,
Et nous n'irons plus courir, et cueillir 
Les lilas en fleur et les belles roses;
Le printemps est triste et ne peut fleurir.

Oh! joyeux et doux printemps de l'année,
Qui vins, l'an passé, nous ensoleiller,
Notre fleur d'amour est si bien fanée,
Las! que ton baiser ne peut l'éveiller! 

Et toi, que fais-tu? pas de fleurs écloses,
Point de gai soleil ni d'ombrages frais;
Le temps des lilas et le temps des roses
Avec notre amour est mort à jamais.

 

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Bouchor, Maurice, 1855-1929


『パティ、カレッジへ行く』の献辞 Jean Webster's _When Patty Went to College_, Dedicated to "234 MAIN AND THE GOOD TIMES WE HAVE HAD THERE" [When Patty]

ジーン・ウェブスターがヴァッサー大学を卒業した2年後の1903年3月、在学中に発表していた短篇小説を編んで発表されたのが、When Patty Went to College (New York: Century, 1903) でした。
  『あしながおじさん』の前年に発表された Just Patty (New York: Century, 1911) は、時間的にはさかのぼって、主人公のパティーがセント・アーシュラ学院という寄宿学校の最高学年(4年目らしい)に進級したところから始まっています。パティーはまもなく大学に親友のプリシラと進学することを決めている、そういう時期のおはなしで、全12章ないし12の物語からなります。「100年前のセーラー服 (1) Sailor Suits of a Hundred Years Ago」でも書いたように、このセント・アーシュラは、ウェブスターがヴァッサー大学進学前の1894年から1896年まで通った、ニューヨーク州ビンガムトン市のレイディー・ジェイン・グレイ・スクールというフィニッシング・スクールがモデルになっていると言われています――キャンパスのつくりや、建物の名前や制服など。
  When Patty Went to College のほうは、全15章(長篇小説と考えると)で、パティーが4年生に進級したところから話ははじまり、まもなく卒業という春の一日ではなしは閉じています。どこにも校名は出てきませんが、自伝的なものが反映されているならば、出版の事情から考えても、『あしながおじさん』のなかでジュディーの初めて出版社に売れた短篇小説が大学生活に取材したものであったことなどから考えても、ヴァッサーがモデルになっていると考えるのが自然です。し、実際、湖が校舎の裏手にあるとか、パティーが地元の新聞社の報道員として大学生活の記事を書く(ウェブスターは地元ポーキプシーの新聞 Poughkeepsie Sunday Courier のコラムを1週3ドルの原稿料で書きました〔Elaine Schowalter, Introduction x〕)とか、ヴァッサーにおけるウェブスターの姿を彷彿とさせる要素はいろいろあります。
  そして、この本は、人ではなくて、部屋(とそこにおける時間)にささげられています。――

Patty(1903)_dedication.jpg

  "To 234 Main and the Good Times We Have Had There"

    「234 Main と私たちがそこで過ごした楽しい時間に」

    本文に大学の名前は出てこない、と書きましたが、パティーがプリシラとふたりで住んでいる部屋は 399 であることが最初の物語で示されています――"By ten o'clock that night the study carpet of 399 was neatly folded and deposted at the end of the corridor above, whence its origin would be difficult to trace." (その夜の10時には399号室の書斎のカーペットはきちんとたたまれて上の階の廊下の端に置かれ、どこから来たのかたどるのは困難となった); "the study floor of 399 was a shining black" (399号室の書斎の床は黒く光っていた) ("Peters the Susceptible" 15)。

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4年生のパティーと用務員のピーターズ

  それから、この最初の話で辞書をもらいにセーラー服姿でやってくる新入生のGenivieve Ainslee Randolph (彼女はなぜか Lady Clala という名前にされてしまいますw)が Emily Washburn とイタリアから来たOlivia Copeland と3人で住んでいるのが321号室であるのは9番目の話で示されています――

She was sitting on a window-sill in the corridor, pondering on the general barrenness of things, when she suddenly remembered her friends the freshmen in study 321.  She had not visited them for some time, and freshmen are usually interesting at this period.  She accordingly turned down the corridor that led to 321, and found a "POSITIVELY ENGAGED TO EVERY ONE!" in letters three inches high, across the door.("Patty the Comforter" 136-137)。
(パティーは廊下の窓の敷居に腰かけて、ものごと全般の不毛さを思いやっていたが、ふいに321号室の新入生の友人たちを思いだした。パティーはしばらく訪ねていなかったし、それにこの時期〔試験前の時期〕の1年生はたいがいおもしろい。それでパティーは321号室につづく廊下を歩いていって、ドアに、「どなたも絶対入室お断り!」とたて3インチの文字で書かれているのを発見した。)

  ジーン・ウェブスターがヴァッサーでどの部屋に暮らしていたのか、調べがつきませんでしたが、2年生のときに Adelaide Crapsey と同室になった、ということは確かです。そしてその年には、 class president となる Margaret Jackson とも一緒で、3人部屋(というかそれぞれのベッドルームと共同の書斎一室からなる suite)でした。

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1年生のオリヴィア・コープランド

  (ちなみに『あしながおじさん』では、以前書いたように、ジュディーたちの部屋のあるファーガスン・ホールは1907年に建設される9階建ての「塔」をもった Jewett House がモデルだと思うのですけれど、部屋番号は、1年生のときは個室で215号室、2年生のときは258号室です(1年のときに同じフロアで二人部屋だったサリーとジュリアのふたりと今度は一緒に3人部屋に入ります)。

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Daddy-Long-Legs (Century,1912) 100

  サリーは class president に立候補して当選し、結果「「258」 のわれわれはいまやたいへんな著名人になっています」 (We're very important persons now in "258.") というところで部屋番号がでてきます (Century 113/ Penguin Classics 53)。

  同室の同級生が学年委員となるのは作家の伝記と同じです(マーガレット・ジャクソン)。ところでジュディーのモデルは詩人のアデレイド・クラプシーといわれるので、残るひとり、すなわちジュディーに鼻の高さを嫌悪されるジュリア・ペンドルトンがウェブスター自身となってしまいます。これはなかなか刺激的な考えかもしれません(w)。

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2年生のジュディーとサリーとジュリア Daddy-Long-Legs (Century,1912) 114

  と、話がそれましたが、献辞にある "234 Main" がいつの学年のときのものかはわからない(可能性としては同室の相手が変わっただけでウェブスターは234だったということもありえます)のですが、ともかく、Main Building 、つまり建学当初からあった校舎内の部屋にジーン・ウェブスターの思いはささげれておるのでした。独立した寮の建物、ストロング・ハウス Strong House (1893)  とレイモンド・ハウス Raymond House (1897) ではなくてです。

  いま、パラパラと見ていたのですが、どうやらパティーたちの部屋がある建物は Phillips Hall というみたいです ("Impressionable Mr. Todhunter" 51; "Patty and the Bishop" 274)。Main というのは出てきません。ですから献辞は現実の過去、というか、現在完了の時間と空間に対するものだということが確認されます。


失われた青春の時 Her Lost Youth [When Patty]

前に「『おちゃめなパッティ大学へ行く』のエピグラフについて Epigraph to _When Patty Went to College_」を書いたときに、内田訳に添えられているモーリス・ブショールの詩「リラの時とバラの時」について、以下のように書いて少し保留にしていました。

  「愛の死」ですから、リラとバラの時はわたしたちの恋(愛)とともに死ぬ(最終連――"Le temps des lilas et le temps des roses/ Avec notre amour est mort à jamais.")、という詩であります。いちおう謎のエピグラフなのですけれど、なにを考えていたのでしょうねー。青春時代の喪失なのでしょうか。いやだわー。

    この問題についてはちょっと考えてみようと思います。

  で、読みきっていなかった、このジーン・ウェブスターの大学卒業後に初めてまとめた作品を読んでずっと春のあいだ考えていました。

  『パティーが大学生だったとき』の最終章(最終話「パティーと司教 Patty and the Bishop」)で、日曜の礼拝をサボってキャンパスの裏手を散策するパティーは、もうすぐ大学生活が終わることで、人生と時間について感傷的なもの思いにふけります。――

Her eyes wandered back to the campus again, and she suddenly grew sober as the thought swept over her that in a few weeks more it would be hers no longer.  This happy, irresponsible community life, which had come to be the only natural way of living, was suddenly at an end.  She remembered the first day of being a freshman, when everything but herself had looked so big, and she had thought desperately, "Four years of this!"  It had seemed like an eternity; and now that it was over it seemed like a minute.  She wanted to clutch the present and hold it fast. It was a terrible thing—this growing old.
(さまようようなパティーの目はふたたびキャンパスに戻った。数週間もしたら自分のものではなくなる、という思いに襲われて、ふいに気持ちはさめた。この幸せな、責任のない、共同体の生活は、自分の唯一の自然な生き方になってしまっていたが、ふいに終わりを告げる。彼女は新入生になった第一日目を思い出した。自分以外のなにもかもがあまりに大きく見え、「これが四年間も!」と自暴自棄に思ったのだった。永遠と思えたのだが、過ぎてみると一瞬のように思われた。現在をつかまえて、しっかりにぎっていたかった。おそろしいことだ――この年とっていくということは。)

  秋の新学期を待たずに、学友たち〔女子大です〕に別れを告げねばならない。この世の中でゆいいつ心を許しあえる友人たち。いつか男の人たちと知り合いになって、誰かひとりと結婚するのだろう。「そして何もかも終わる」("and then all would be over")。気がついたときには老婦人になっていて、孫たちに娘時代の話をするのだろう。と、パティーは「失われた青春にあやうく涙をこぼしそうになりながら」 (almost on the verge of tears over her lost youth) キャンパスを見下ろします。するとそこへ説教をすませてきた牧師がやってきて、ふたりは木の下のいすに腰を下ろして話をします。

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I have just run away from you, Bishop Copeley (When Patty Went to College 266)

  牧師は、若いころは他人にどう言われようと気にはならないかもしれないが、年をとったらちがう、と言います。「歳というのは気がつかないうちに忍び寄る」 ("Age slips upon you before you realize it")。「あなたは、じき30になる。そして40になり、そして50になる」 (You will soon be thirty, and then forty, and then fifty.")。そんな年齢になっても言いのがれやごまかしを言っている女性に魅力があるだろうか、と牧師は言い、つぎの教訓をパティーに与えます。――

"You must remember that you cannot form your character in a moment, my dear.  Character is a plant of slow growth, and the seeds must be planted early." (「覚えておくがいい、お嬢さん。人格は一瞬にして形成されるものではないのだよ。人格というのは生長の遅い植物で、種は早くまかれねばならないんだ。」

  この教訓をパティーは持ち帰って、友人たちにむかって反復します。別のメンツに2回もです。その反復はコッケイなところがあって、(読者の)笑いを誘うのですが、パティー本人は神妙なところもあり、マジメなのかフザケテいるのか、よくわからないところがあります。とりわけ、これで物語は閉じてしまうので。

  ところで、植物のヒユが現われていることは確かです。そしてそれは時間についての思索と一緒に。で、それは、恋愛はともかく、若さというのは大学生時代、青春時代だけではない、ということを逆に語っているような気がしました。


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