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ジェインとジーン Lady Jane and Jean Webster [思いつき whimsical fancy]

作家ジーン・ウェブスターはAlice Jane Chandler Webster として1876年7月24日に生まれました。母親はマーク・トウェインの姪で、ミドルネームのひとつのジェインはマーク・トウェイン(本名サミュエル・クレメンズ)の母親のJane Lampton Clemens のファースト・ネームのジェインから取られたということになっています。

  ウェブスターがこの前の記事「レイディー・ジェイン・グレイ・スクール Lady Jane Grey School」で書いたレイディー・ジェイン・グレイ・スクールというフィニッシング・スクールに、ヴァッサー女子大の前に入学したときに、同室にアリスという女子学生がいて、ウェブスターは大学当局(だか寮長だかわかりませんが)からミドル・ネームを用いるように求められます。しかし(ウェブスターには)Jane は "old-fashioned" に思われたために、それをJean に変えて、その後もそれで(つまり Jean Websterで)通すようになったといわれています。

  去年、ブログ・カリフォルニア時間の「June 30 Pg4のミステリー――本の電子化について――The Four-Pools Mystery by Jean Webster (2) [本・読み物 reading books]」でも書いたように、ウェブスターの父親は、1888年に仕事に行き詰って精神的におかしくなり1891年に薬の多量の服用によりほとんど自殺的な死を遂げてしまいます。そのおかしくなるしばらく前までマーク・トウェインの本を出版したCharles L. Webster Publishing の所有者で、自らプロモートしたユリシーズ・グラントの自伝――<http://www.gutenberg.org/files/5860/5860-h/5860-h.htm>――や、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』の出版で後世に名をとどめた人です。マーク・トウェインは、病後の父親の営業能力の不足を責めて、関係を断ち、出版社はつぶれ、その後に父親は亡くなるので、ジーン・ウェブスターは、マーク・トウェインに対して複雑な感情を持っていたとも考えられています。

  で、ジェインを古臭いといって、ジーンに敢えてしたのは、マーク・トウェインがらみかとも考えていたのですが、ジェイン・グレイ・スクールのジェイン・グレイ・ハイド校長さんに、言われたので、「ジェイン」じゃ学校ならびに学校長の名前と一緒になっちゃうからイヤダナ、と思ったのかなあ、と夢想しているところです。


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パッティ、パティ、パティー・・・・・・ベッツイ&クリス Patty and Betsy & Chris [思いつき whimsical fancy]

あらためて、邦訳のタイトルを簡単に並べます。 

When Patty Went to College (1903) の訳――) 
『パティ、カレッジへ行く』 内田庶 訳 宮田武彦 絵 講談社, マスコット文庫, 1967 ⇒
『おちゃめなパッティ 大学へ行く』 内田庶 訳 サカイノビー絵 ブッキング, 2004年5月
Just Patty (1911) の訳―― )
『女学生パッティ』 遠藤寿子訳 三笠書房, 若草文庫, 1955  ⇒
『おちゃめなパッティ』 遠藤壽子 訳 サカイノビー絵 ブッキング, 2004年3月
『おちゃめなパッティ』 白木茂 訳 桜井誠 絵 岩崎書店, 世界少女名作全集, 1964  
『おちゃめなパッティ』 白木茂 訳 くずまりこ 絵 岩崎書店, 世界の少女名作, 1991年4月
『おちゃめなパッティ』 宇野輝雄 訳 集英社, マーガレット文庫, 1977年1月
『おちゃめなパティー』 榎林哲 訳 講談社, セシール文庫, 1981年9月

2冊をごっちゃにして古い順に並べ直すとこうなります。――

1) 『女学生パッティ』 遠藤寿子訳 三笠書房, 若草文庫, 1955  
2) 『おちゃめなパッティ』 白木茂 訳 桜井誠 絵 岩崎書店, 世界少女名作全集, 1964  
3) 『パティ、カレッジへ行く』 内田庶 訳 宮田武彦 絵 講談社, マスコット文庫, 1967 
4) 『おちゃめなパッティ』 宇野輝雄 訳 集英社, マーガレット文庫, 1977年1月
5) 『おちゃめなパティー』 榎林哲 訳 講談社, セシール文庫, 1981年9月
6) 『おちゃめなパッティ』 白木茂 訳 くずまりこ 絵 岩崎書店, 世界の少女名作, 1991年4月 〔2のリプリント〕
7) 『おちゃめなパッティ 大学へ行く』 内田庶 訳 サカイノビー絵 ブッキング, 2004年5月 〔3のリプリント〕
8) 『おちゃめなパッティ』 遠藤壽子 訳 サカイノビー絵 ブッキング, 2004年3月 〔1のリプリント〕

  この夏に買って、手元にあるのは3冊だけで、いずれもリプリント版ですし、すべて現物を確認してはいないのですけれど、世紀が変わって復刊ドットコムによって出た2冊について言うならば、「おちゃめな」という形容辞は白木茂訳の Just Patty から、そして Patty のカタカナ表記は最初の遠藤寿子の(そして白木茂も踏襲した)「パッティ」が採用されていることがわかります。

  「おちゃめ」問題についてはマタにして、Patty の日本語表記ですけれど、内田庶は1967年に「パティ」としていました(When Patty Went to College の訳)。1981年、同じ講談社から出た本で、 榎林哲は「パティー」としたようです(Just Patty の訳)。

  個人的な感覚だと、「パッティ」という表記は、微妙に古臭い感じがします。それは「ッ」のところで、類比的にはBetty をベッティとかベッツィーと書くような感じ。

  いっぽう、昔から気になる表記として、「ティ」と「ティー」というのがあって、これは個人的には、「ティー」のほうを(古いのかもしれないと思いつつも)自分は選びます。これは、紅茶をティーと書くじゃろが、とか、「ティ」と書いて /tI:/ あるいは /tII/ というふうに発音するのだったら、「マティス」は「まてぃいす」か「まてぃーす」みたいな発音をあらわすことになってしまう。あるいは「ディップ」が「ディープ」と似てしまう。あるいは「ディプ」が「ディープ」をあらわすことになってしまう。

  むかしむかし、モーリちゃんの父が学生のころ、モーリちゃんの父の父に、「パンティストッキング」という活字を見せられて、どう発音するのか、と尋ねられたことがあります。「てい?」「てぃい?」「てぃー?」みたいな。若かったし、例が例ですから怒ったような答えしかしなかったのですけれど、ずっとひっかかっていました(なにがじゃw)。思うに、(1)アバウトに戦前生まれの人は「ティ」という表記を、すなおに(かどうか実は怪しいと思っているわけですけれど)/ti/ と短い音で捉えるのがむつかしいようです。だから /tii/ とか /ti:/ とか〔あるいはもっと古典的には/tei/――2010.9.9追記〕長音化して発音するみたい。(2)でもこの種のカタカナ表記と発音のルールは結局のところいまだに確立していないみたい。そうじゃないでしょうか。

  いま、ベッツィー&クリスと表記していたのではなかろうかと思っていた昔のフォークデュオをレコードを引っ張り出したりして調べたら、ベッツイでした。Betty ではなくて Betsy だからベッティでもベティーでもベティでもなかったのでしょうか。しょうね。/ti/ と /tsi/ のちがい。いや、もしかすると「べ」のところのノリというか引っかかりが Betty とBetsy だと違うような気もしなくもないです。ともあれ、「ベッツイ」という表記だと「別対」という発音を自分的にはしてしまうのですが・・・・・・。そしてPatty をパッティと書くのは、やっぱり古い感じがしてしまうのですが・・・・・・パティでもなくてパティーだと思うのですが・・・・・・むしろ古いのでしょうか。

Betsy&Chris-.jpg
ベッツイ & クリス 「白い色は恋人の色」 (1969)

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ベッツイ & クリス 「花のように」 (1970)

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ベッツイ & クリス 「娘は花をまとっていた」 (1970)


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パッティとダッディ Patty and Daddy-Long-Legs [思いつき whimsical fancy]

遠藤寿子と『蚊とんぼスミス』――東健而の『あしながおじさん』 (5) Azuma Kenji's Translation of Daddy-Long-Legs」を書くときに、あらためて遠藤寿子の文章を読み直したのですけれど、彼女は『あしながおじさん』の原題を「ダッディ・ロング・レッグズ」とカタカナ表記しています。――

『あしながおじさん』はアメリカの女流作家アリス・ジーン・ウェブスター (Alice Jean Webster) の作で、原題は「ダッディ・ロング・レッグズ」 ("Daddy-Long-Legs") といいます。 (「訳者あとがき」、岩波少年少女文学全集12『あしながおじさん 続あしながおじさん』 (1961) p. 393)

「あしながおじさん」の原題は「ダッディ・ロング・レッグズ」 (Daddy-Long-Legs) で、アメリカの作家ウェブスター女史の作品中、もっともすぐれた作品です。 (「訳者あとがき」、岩波少年文庫 3026『あしながおじさん』 (1950; 改版1969) p. 337)

「あしながおじさん」は、アメリカの女流作家アリス・ジーン・ウェブスター (Alice Jean Webster) の作で、原題は「ダッディ・ロング・レッグズ」 ("Daddy-Long-Legs") といいます。 (「あとがき」、岩波文庫赤314-1『あしながおじさん』 (1933; 第32刷改版1971) p. 283)

  なるほど。

  Patty をパッティとするのと同じなのですね。

  だとすれば、いまふうにはやっぱりパティーということになるのではないでしょうか。だっでぃ、いや、だって、Daddy をいまどきダッディと書く人はおらんのではないでしょうか。ダディはあるかもしれませんが。

  ところで、最近日本語の読み方でちょっとショックだったのは「八ッ場」と書いて「ヤンバ」と読むダムでした。「ッ」が「ン」になるとしたらパッティはどうなるんか、と。

  「八ッ場ダムは疑問だらけ」 (中山敏則)


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絵と絵で通じ合う (ウォルター・クレイン) Pictures to Pictures (Walter Crane) [思いつき whimsical fancy]

絵と絵を並べて透かし見ると見えるように見えること。

ウォルター・クレインとメイ・デー(前) Walter Crane and the May Day (1st Part)
ウォルター・クレインとメイ・デー(中) Walter Crane and the May Day (2nd Part)
ウォルター・クレインとメイ・デー(後) Walter Crane and the May Day (3rd Part)

 ちょっとボケッと考えてみると、18世紀前半の中世趣味を引き受けてイギリスで興ったゴシック・ロマンスの隆盛は文学史的には1820年くらいで表面下に没するとはいえ、もともと(ヨーロッパ的中世のなかったアメリカとはたぶんちょっと違って)イギリスのゴシック・ロマンスはナショナリズムとたぶんにつながっており、ゴシック・ロマンス的恐怖小説にかわって、ある種明るい「メリー・イングランド」的なノリの中世趣味が19世紀中ごろに興って、その流れの中で、ラファエロ前派やアート&クラフト運動や、あるいはオックスフォード英語辞典の編纂企画などが出てくるのかな、と門外漢的に想像するこのごろです。が、それはまたずれ、いやまたいずれということにして(以上メモ)。

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Walter Crane, The First of May: A Fairy Masque (1881)

  1881年の『妖精の仮面劇』で五月柱を描いたウォルター・クレインのその後の図像をあらためて眺めてみると、豊饒の女神=春の女神を五月柱と結びつける一方で五月祭の象徴を労働者の世界的連帯と結びつける意匠があったのだ、ということが見えてくるのではないでしょうか。

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Walter Crane, The Workers' May Pole 『労働者のメイ・ポール』 (1896)

    一連の労働者のメイデーのデザインのなかで、この絵は明確に五月柱を標榜したものです。といっても、柱が一本立っているわけではない。中央の女神は、"Socialization・Solidarity・Humanity" と書かれたバナーを両手で広げ、その衣装の胸のあたりからは "Eight Hours" とか "Leisure for All" とか "Adult Suffrage" などと書かれた布切れが伸び広がって、それを人々が手にして回っています。この豊穣の女神=春の女神=地母神(だと思うのですが)はペデスタルというか細長い台座に立っているようです。けれども、この中心の軸となって周辺に多彩なメッセージを拡げている存在、あるいはそのさまをこそ、メイポールと呼んでいるわけです。別言すれば、メイフェアで人々がリボンを巻きつけて踊る五月柱の象徴の解釈をウォルター・クレインは提示しているということです。

  下の絵は、その8年前の、『労働のメイ・デー』と題されたものですが、前に書いたように、"Freedom" (自由)を冠した女神が右手には "Fraternity" (友愛)を、左手には "Equality" (平等)の帯を差しのべて、Africa, America, Europe, Australia, Asia の五大陸を代表する人々を連帯させています。

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Walter Crane, Labour's May Day 『労働のメイ・デー』 (1888)

  この絵では、立体的に、地球を中心に人々が輪を描いているのだけれど、立体的には背後にいるように見える女神は、平面的には地球を貫いて世界の中心に存在するように見えます。モーリちゃんの父にはそう見えるのだからしょうがないw。いや、上の絵と重ねて見ると、そう見えます。見えてくると思います。世界軸(Axis Mundi 宇宙軸)表象としての五月柱のイメジが投影されているのだと考えたくなります。

   もうひとつ。思いつき。

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Walter Crane, The Emancipation of Labour 『労働の解放』 (The Sun, May 1, 1903)

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Walter Crane, Anarchists of Chicago 『シカゴのアナキスト』 (Liberty, November 1894)

    上の絵は、1903年5月1日の The Sun 紙に掲載されたもの。メイデーの絵のひとつです。画像下のキャプションは、たぶん次のように書かれています。――"Her message to Labour sweet May-Day doth bring, /From the City of Toil as the multitude stream /To rejoice in the Sun, as they read in his beams /The Hope of the World with the promise of Spring." 人々を率いる女神が右手にもった花冠は、メイフェアにおいて五月柱に掛けられる、フロイト的性心理学的には女性の象徴とされるものです。

    下の絵はシカゴのヘイマーケット事件(1886年5月――記事「ウォルター・クレインとメイ・デー(前) Walter Crane and the May Day (1st Part)」を参照)を記念する絵ですが、8人が花輪で囲まれて、花冠となっている。そしてジェンダーの転覆が起こっている・・・・・これは我ながら無理がある思いつきかもしれません。よく見ると花輪じゃないや。目が悪いだけかもw


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マーク・トウェインの八角形をいれた家 Octagonal Shapes in the Mark Twain House [思いつき whimsical fancy]

まことに個人的なことですけれど、このブログの実質的に最初の記事は「八角形の家 (1) Octagon Houses」(2009-07-02) というのでした。なんで一番はじめに書いたかというと、前のブログの「カリフォルニア時間」で疑似科学について書いたときに骨相学がらみで出てきたファウラー兄弟の兄のほうのオーソン・ファウラー Orson Fowler, 1809-87 が八角形の建築を推奨したことと、『あしながおじさん』の2年生10月17日の手紙で、ジュディーが級友たちと八角形の家の部屋割りについて議論しているくだりがあったからだったと思います。

What shape are the rooms in an octagon house?  Some of the girls insist that they're square; but I think they'd have to be shaped like a piece of pie.  Don't you? (Penguin Classics 53)
(八角形の家のなかの部屋はどういう形か? 女の子たちのなかには四角形だと主張する者もいるけれど、自分はカットしたパイの一切れのような形にならねばならないと思います。そう思いません?)

でも (2) は書かない(書けないともいう)ままだったのですけれど、このあいだハートフォードのマーク・トウェインの家(現在 the Mark Twain House and Museum と呼ばれる)を見ていてちょっとドキドキしました。1874 年から1891年までマーク・トウェインはこのコネティカットの田舎の家に住んで、代表作の数々を執筆しました。
  はじめ見たのはウィキペディアの画像でした――

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The Mark Twain House, image via "Mark Twain House," Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Twain_House>

  右のアズマヤみたいなのは Ombra と、どうやらスペイン語で、呼ばれているみたいですが、側面はやっぱり八角形です。

MarkTwainHouse.jpg
image via "Mark Twain House," Guide to Stick Style Architecture, University of Massachusettes Dart <http://www.lib.umassd.edu/digicoll/stickarch/stickarch_index.html?building=TwainM>

   ウィキペディアは "Victorian Gothic" とだけ呼んでいますが、この記事は "Stick Style" の例として挙げているようです。よくわかりませんけれど、 Stick というのは、英語のウィキペディアだと "Stick-Eastlake" という記事で説明している様式です(Stick とも Victorian Stick とも Eastlake style ともいうと書かれている)。ウィキペディアの記事を読んでも不完全でよくわかりませんがCharles Eastlake, 1836-1906 というのはヴィクトリア朝の建築のほうのゴシック・リヴァイヴァルの立役者で、A History of the Gothic Revival を書いたイギリス人です。

  このマーク・トウェインの家を設計したのは、エドワード・ポッター Edward Tuckerman Potter, 1831-1904 という建築家で、ニューヨークのひと。3.5エーカー(14000平米)の土地に建てられた家は、しかし比較的小さくて、というか、それほど馬鹿でかくもなくて、1881年の増改築後の部屋数で19くらい(たぶんバスルームも入れて)。

  家の見取り図を Mark Twain's House (Hartford, CT: The Mark Twain Memorial, 1995) から転載している論文がWEB にありましたので、それを引きます。この和栗了というひとの「家のドアを開けないで」という文章は、家の様子をくわしく説明していて興味深いです(八角形の話はぜんぜんありませんけど)。

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image via 「マーク・トウェイン覚書」 <http://book.geocities.jp/ryowaguri2/twain/twainandhome.html>

  八角形があちこちにちりばめられているように思うのは気のせいでしょうか。ま、八角形の家というのではないですけれどね。コネティカットというと、ジュディーが毎年のように執筆と農業に従事しに出かけてゆくロック・ウィロー農場 Lock Willow Farm があるのがコネティカットのどこか不明の場所でした。  

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Alice Leccese Powers, "Mark Twain's Money Demons Still Haunt His Connecticut Home"  Hartford Archives | Literary Travel <http://www.travelbeat.net/literary/archives/hartford/> 〔2008.6.3.  運営が資金的に困難という記事。でも下のHPを見るとがんばっているようです〕

The Mark Twain House & Museum <http://www.marktwainhouse.org/> 〔マーク・トウェインの家=博物館のホームページ〕

The Mark Twain House (TwainHouse) on Twitter <http://twitter.com/TwainHouse> 〔トウィッターやってます。あ、ツイッターですか〕

"A Guide to the Edward T. Potter Architectural Drawings" <http://web.uflib.ufl.edu/spec/manuscript/guides/potter.htm> 〔George A. Smathers Libraries, University of Florida〕


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ハンニバル・バルカはバールの愛するものであるか Hannibal Barca, Baal's Blessing [思いつき whimsical fancy]

前の記事「社会主義者ジュディー、社会主義者ジーン (3) Judy the Socialist, Jean Webster the Socialist (3)」 のフェビアンとハンニバルのからみで・・・・・・

思いつきです。書いているうちに、たいした思いつきではないと思い(つき)ましたw。

ハンニバル・バルカHannibal Barca紀元前247年 - 紀元前183年または紀元前182年)は、カルタゴの将軍。ハミルカル・バルカの長子。ハンニバルは「バアルの恵み」ないし「バアルの愛する者」を意味し、バルカとは「雷光」と言う意味である。〔「ハンニバル・バルカ」Wikipedia <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AB>〕

  ハンニバルというと、マーク・トウェインが生まれて[2011.1.5訂正]少年時代をすごした(ということは『ハックルベリー・フィンの冒険』の背景にもなっている)南部ミズーリ州北東部のミシシッピ川沿いの田舎町がハンニバルです。でもこれはただの偶然であると思います、いちおう。思いつきとして考えたいのは、ジーン・ウェブスターがハンニバルという語の意味を知っていたかどうか、です。

  研究社の英和大辞典をみると、どうもイギリスでは Cornwall に多い男性名ということですが、語源的には Punic? からギリシア語→ラテン語を経て近代諸語に入ったらしい。で、原義は "favor of Baal" "Baal's blessing" です。

  Baal は英語だと 「ベイ(ア)ル」みたいな発音なのですけれど、バール神というのはセム人の自然神、とくにフェニキアの豊穣の神、ということになっています。Baal 自体はヘブライ語に由来するとされていて、原義は「所有者」「主」です。ですが、キリスト教文化においては「邪神」「偶像神」の代表的なもののひとつとされました。

  セム (Semitic) というのは広い概念なのでよくわからんのですが、セムに含まれるヘブライ語のなかで考えると、カナン地域でを中心に嵐と慈雨の神として崇められていたようです。

本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約聖書列王記下などにもその名がある。また、エジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視された。フェニキアやその植民地カルタゴの最高神バアル・ハンモンをモロクと結びつける説もある。さらにギリシアでもバアル(Βάαλ)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズで表されることが多い。〔「バアル」Wikipedia <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A2%E3%83%AB>〕

   ウィキペディアの「バアル」は、ソロモン72柱の魔神の1柱としてのバエルとか、「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル=蝿の王)とか、エジプトの嵐の神のセトと同一視されたこととか、「フェニキアやその植民地カルタゴの最高神バアル・ハンモンをモロクと結びつける説もある」とか、またダゴンの子としてのバールとか、すべての神々の母アーシラトまたはアスタルト〔これはイシュタルとかアフロディーテ(つまりローマのヴィーナス)とかと同等視される豊穣と美の女神です〕の息子としてのバールとか、さらに、「コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』の挿絵では、ネコ、王冠を被った人間、カエルの頭をもった蜘蛛の姿で描かれている」とか、いろいろと混淆的に広がる知識を記述しています。英語のウィキペディアの "Baal" のほうが、さらにいろいろ書いてありますが、こちらのほうが奇妙に収斂するのは、Baal を "Satan" とする記述によってです。つまり、民俗的・文化人類学的バールというのと、キリスト教が「異端」「異教」として非正統的な思想を改編するなかでイメジ化されたバールというのは異なるところがあるのでしょう。

  偶像崇拝がユダヤ教によって批判される流れのなかで、さまざまな偶像による崇拝対象、とりわけ土地土地の精霊みたいなもの、がおしなべて baal と呼ばれたという事実が旧約時代にあったようです。

     Early demonologists, unaware of Hadad or that "Ba'al" in the Bible referred to any number of local spirits, came to regard the term as referring to but one personage.  Baal (usually spelt "Bael" in this context; there is a possibility that the two figures are not connected) was ranked as the first and principal king in Hell, ruling over the East.  According to some authors Baal is a duke, with 66 legions of demons under his command.
(初期の悪魔学者たちは、ハダード〔ハッドゥ。バールの元の名〕あるいは聖書の「バアル」が複数の土地の霊を指すことがわからず、ただひとつの存在を指すことばとみなすようになった。Baal (この文脈ではふつう "Bael" と綴られ、もしかすると両者は別のものである可能性もある)は、東洋を支配する、地獄の第一位の王と位置づけられた。一部の著者によれば、バールは公爵で、66のデーモン軍を支配下に置く。)
     During the English Puritan period, Baal was either compared to Satan or considered his main lieutenant. According to Francis Barrett, he has the power to make those who invoke him invisible.
(イギリスのピューリタン革命の時代に、バールは魔王セイタン (Satan) あるいは魔王の第一の腹心とされた。フランシス・バレットによれば、バールは呪文で呼び出す相手を見えなくさせる。)
  While the Semitic high god Ba'al Hadad was depicted as a human, a ram, or a bull, the demon Bael was in grimoire tradition said to appear in the forms of a man, cat, toad, or combinations thereof. An illustration in Collin de Plancy's 1818 book Dictionnaire Infernal rather curiously placed the heads of the three creatures onto a set of spider legs.
  (セム族の高位の神バアル・ハダードは人間、羊、あるいは牛の姿であらわされているが、デーモンとしてのバールは、グリモワール(魔術書・魔導書)の伝統においては、人間、猫、ヒキ蛙、ないしそれらの混合した姿をとってあらわれるとされた。コラン・ド・プランシー1818年の『地獄の辞典』の挿絵は、この三つの生き物の頭をクモの足の上にかなり奇怪なかたちで乗せている。〔"Ba'al" Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Baal>〕

  その、クモの足に乗っている3重の頭というのが次の絵です。――

Bael.jpg
Dictionnaire Infernal illustration of Baal; image via "Ba'al," Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Baal>

    蝿の王「バアルゼバブ」というのはミルトンの『失楽園』にも出てきて、そこではやっぱり「堕天使」でしたが、見た目イケメンとして描かれていました。コトバとしてはバールの尊称「バールゼブル」(高きバール)をもじった「バールゼバブ」(ハエのバール)が旧約時代のヘブライ人によって蔑称として唱えられたようです。でそのまんま「ハエ」として描かれることもあります(「ベルゼブブ」参照)。――

525px-Beelzebub.png
Beelzebub as depicted in Collin de Plancy's Dictionnaire Infernal (Paris, 1825); image via "Ba'al," Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Baal>

  ハンニバルの父親は、もちろん邪神や悪魔を崇拝していたのではなかったのです。バルカという彼らの姓もバル=雷ということでバールとからむんじゃないかと思うんですが、ともかく、ハンニバルは父によって主神バールの加護と恩寵を受けるよう望まれてそのように名づけられたのでしょう。

  しかしローマにとってカルタゴはキリスト教以前に異教徒でした(Punic ポエニ というのは、カルタゴを指すローマ側からの呼び名です)し、キリスト教前に滅ぼされてしまいます。フェニキア人の人身御供の習慣は Tophet トペテというエルレサムのそばの地名とくっついて旧約聖書に記述されていますけれど(「エレミヤ書」7章31節)、いけにえがささげられたとされる異教神 Moloch とバールは同一視されることもあるわけです。さんざんです。そしてその後はみな悪魔ないし堕天使扱いです。

  えーと、文章をうまくしめてまとめないといかんのですが、思いつきですから、メモのままに。

  うーん。

  ひとつは、作品中の悪魔と天使がらみで何かつながらないかなー、ということです。それともちろんフェビアン協会的社会主義の問題。よくわからないですね(思いついたようで思いついてない、ということはよくあることです)。

  ちょっと視点を変えるなら、「大天使ミカエルが踏みつぶすものたち(1) Those Whom the Archangel Michael Treads (1)」で述べた踏みつぶされるものたちはほんとうに踏みつぶされるべきものたちなのか、ということもあるかもしれません。それはムシの問題でもあります、もしかすると〔「千本足パート2――脚の話 (5) Thousand-legged Worm, Part 2: Leg Stories (5)」参照〕。いえ、八本足をバールと結び付けたいわけではありません。

  実は作品中 devil というコトバは、2年生8月10日の手紙にしか出てこないし、それもトリの方言名なのでした。でもいちおう「天使と悪魔、天(国)と地(獄) Angels and Devils, Heaven (, Earth,) and Hell」参照。メモのついでに「煉獄と天国の関係はどういうものなのでしょうか The Heaven and the Purgatory」も参照。

  以上、とくに後半は私的メモになりました。はなはだまとまらぬ文章を読んでいただいた方、どうもありがとうございました。

 


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柳腰外交 Willow-Stance [Pliable] Diplomacy [思いつき whimsical fancy]

前の記事の「新規蒔き直し」からの観念連合・連想的なはなしです。
  むろん、いまだに「新規蒔き直し」という日本語表現自体の起源は調べがついていない(調べる気も暇も今ない)のですが、「蒔き直し」という言葉が比喩(またはじめからやり直すこと)として江戸期からあって、でもフランクリン・ローズヴェルトの世界恐慌後の対策としての New Deal の訳語として「ニュー・ディール(政策)」と並んで「新規まき直し」という日本語が、いつからかは知らんが、あったわけです。で、ローズヴェルトの "new deal" とはトランプ・ゲームでカードを配りなおすことをいいます。
  内閣官房長官の「柳腰外交」発言(「弱腰だ弱腰だと言うが、「柳腰」という、したたかで強い腰の入れ方もある。しなやかに、したたかに、中国に対応していく」)についてはあれこれとテレビ、ラジオ、WEB、巷でも言われており、モーリちゃんの父的には政治議論に乗る気は毛頭2:50 もないのですけれど、ただ言語表現として考えてみる。
  そうすると、発言自体は「弱腰外交」じゃないか、と問われたときの答えであり、「柳腰」ということばは「弱腰」に変わって「外交」ということばを修飾する「ヒユ」として置換されたものであることは明白です。どういうことかというと、既に「ヒユ」 (隠喩 metaphor) として機能しているわけで、「柳腰」というコトバ自体の本来の意味はもうどっかにむかって(どこかというと結局「外交」なのだが)transfer (転義)されている。そうすると、もともとの意味はこうだとか言ってもしょうがないわけです。「柳腰外交というのは言葉遣いが間違っている(柳腰は女性の形容で、物事をしなやかに処理するという意味に取るのは飛躍だ)」と言われたって、「柳腰」と「外交」が初めて合体して新たなヒユが出来たんだから、新しいに決まってるじゃんみたいな――つまり、「新規」+「蒔き直し」みたいに(というのは、お百姓さんの作業として「新規」はイカにも異様な形容で・・・・・・と言うのでは不十分で、既に江戸期に「ヒユ」化して「やり直し」の意味を獲得していたとしても、合成語になるのは新規の発展と思われ・・・・・イヤ、結局調べてないのだからわからないのだけれど、New Deal の訳語として「ニュー」を「新規」として言葉をつくったのかなー、と勝手に想像したりするわけです)。仙石氏の日本語感覚がすぐれているとミジンコも思っておるわけではないですが。
  それはそれとしてちょっと興味深かったのはTBSラジオで土曜日だったか、永六輔(とピーコ)が、「柳腰」は陰間というかゲイというか、男の腰を言うコトバだ(それは中国でもそうだ)という会話をしていたことでした。音読みの「リューヨー」のもとの中国語の意味がむかしからそういう意味なのかわかりませんけれど(とりあえず日本の国語辞典はもっぱら「女性」に限定している様子です)。こっちのほうが興味深い。いと。

  つづく

   追伸。比喩として考えると、「柳腰」自体が既にヒユ――柳のような腰――なので、「腰」に対して「腰」として新規ヒユを呈示した(かもしれない)某長官の言語感覚に対して、もっぱらのほうに意識が高いひとたちは人間的身体・肉体にむかってしまったのかしら。それとも「柳腰」という表現そのものが喚起する女性的イメジがあまりに強かったのかも。おそらく、「弱腰」、「および腰」などが身体から離れて比喩性が高いのに対して、柳腰はもっぱら腰自体の比喩的形容という点で異なっており(結局そこのところに、「ヒユ」が新たなヒユとして呈示された(かもしれない)という微妙なところがあるわけです)。「丸腰」(腰に武器を付けていない)はその中間かしら。「へっぴり腰」というのはおならをするようすなのかしら。

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タグ: willow New Deal
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