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スズ、ブリキ、トタン、シロメ Tin, Tinplate, Galvanized Sheet Iron, Pewter [φ(..)メモメモ]

「ブリキの兵隊」と書いたのを「錫の兵隊」と書いて、あー、そーいえば、「鉛の兵隊とてちてた」というのもあったなー、と不意に金属に関心が沸いたので、私的にメモっておきたいと思います。

 スズキ、ブリ、ボタンエビ、シロミ、というと寿司のネタ(タネ)みたいですけど、ハードにちがいます。

スズは炭素族の金属元素で元素記号 Sn、原子番号50、原子量 118.7。英語は tin。錆(サビ)を生じず、常温では光沢を失なわない(強く熱すれば酸化されるけど)。との合金ははんだ。銅との合金が青銅

ブリキはスズをメッキ(鍍金)した薄い鉄の板。もとはオランダ語の blik。「錻力」などと当て字(『厚生新編』〔19世紀前半に邦訳された原書はフランス語の『家事百科辞典』の蘭訳本〕)。

トタンは亜鉛でメッキ(鍍金)した薄い鉄板。ペルシア語起源でポルトガル語から転訛(『日葡辞書』で「タウタン」)。

シロメというのは漢字だと「白鑞(ビャクロウ・ハクロウとも読む)」「白目」。「白鑞」はスズ、またはスズと鉛の合金を言う(と辞書にはあります)。「シロメ」自体は、①銅と亜鉛の合金で、鉄、アンチモン、砒素などを含む、②アンチモンを主成分とした砒素を含む鉱物名で、合金の中に混ぜて用いられる、③スズを主成分とする、鉛との合金で、鉄、亜鉛、アンチモンなどを少量含んでいる。で、英語のpewter というのは昔の文学作品とか読んでいるとときどき出てくるのですけれど、もともとは鉛とスズの合金だった(③)ものが、18世紀にイギリスで、主成分スズに加えていた鉛に変えてアンチモンとなり、その後スズ+アンチモンが主流になったようです。

  スズでよくわからんのは、もともとは銀と鉛の合金をラテン語で Stannum [→Sn] と呼んでいたものが4世紀に元素名となったことです。まーアンチモン〔ドイツ語で Antimon、 英語だと antimony: 原子番号はスズの次の51、原子量121.75。別名の stibium [L<Gk<Egypt] → Sb〕だって錬金術師たちからは怪しい扱いをされていたのかもしれませんけれど・・・・・・。

  とりあえず、錬金術における金属の、惑星と対応する構成は、鉛 (lead)=土星 (Saturn)、錫 (tin)=木星 (Jupiter)、水銀 (mercury) [quicksilver]=水星 (Mercury)、鉄 (iron)=火星 (Mars)、銅 (copper)=金星 (Venus)、銀 (silver)=月 (Moon)、金 (gold)=太陽 (Sun) なのでした。

  あー、ふと思い出しましたけど、真鍮というのも有名ですね。真鍮は英語だと brass です。銅が主で亜鉛を入れた合金です。

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「スズ - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA>

「ブリキ - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%AD>

「トタン - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%BF%E3%83%B3>

「ピューター - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC>

「アンチモン - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A2%E3%83%B3>

「黄銅 〔真鍮〕 - wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E9%8D%AE>


タックルベリー Tackle Berry [φ(..)メモメモ]

今日なぜか、なぜかほんとは休みの日だったのに、なぜか大学を見て回るツアーに参加して、朝の9時過ぎからなぜか桜上水近くの日大文理学部に、そして、昼になぜかマイクロバスに乗って午後は日吉の慶應義塾を訪問しました。で、訪問記を書く気はとりあえず毛ほどもないのですけれど、午後1時過ぎに綱島街道を走っているときに、右手に「つりばり」「中古タックル」・・・・・・「タックルベリー」の看板がなぜか見えて、なんじゃそりゃ、と思ったのでした。木月3丁目あたり。

  ®Tackle Berry と看板には書いてあるように見えたのでしたが、帰宅後調べたら、@Tackle Berry みたい。なんじゃそりゃw。

  タックルベリーはウィキペディアにも載っていて、神奈川県藤沢市に本社を置く、全国展開の釣具リサイクルのチェーン店なのだそうです <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%BC>。「中古タックル」の「タックル」は、とりあえず『広辞苑』ではまだ拾っていない、ということは日本語のカタカナ言葉としてはあんまり認知されていないだろう意味で、ここでは「釣り道具」の意味です。

  でも動詞の tackle のほうから名詞で意味が生じた、ラグビーなどの「タックル」が、少なくとも日本語では有名ですし、英語の tackle は、道具全般を意味する言葉としてあったみたい。だから、馬具のことも tackle と呼ぶし、弓矢のことも tackle と呼ぶ。あと海事関係で、とくにロープに関わるもの、ロープと滑車の組み合わせみたいなの(いわゆる「索具」)を意味するようになったみたいで、そこから、いろんな意味で「取り組む」ことを意味する動詞にもなったみたい。

  で、ウィキペディアには書いてないけれど、明らかにマーク・トウェインのハックルベリーのもじりですよね。英語は "Tackel Berry" なのに、日本語は「タックル・ベリー」というふうに中黒を入れないで「タックルベリー」とするところもわざとらしいw(かもしれない)。

  で、「ムーン・リバー Moon River」の "my Huckleberry friend" というフレーズが自然と浮かぶわけですが(あー、それはこのごろカポーティーの『ティファニーで朝食を』を読み直しているからでもあります)、タックルベリーは "Berry Girls" というお友だちを展開しているようです。ウィキペディアは2010年までカバーしていないみたいなので、とりあえず、今年のバナーとメンバーページを――

BerryGirls2010.jpg
image via 「ベリーガールズのハートベリー日記ブログ」 <http://www.tackleberry.co.jp/girls2010/index.cgi?pid=0>

  しかし・・・・・・こうして「タックル」はどこかへ飛んで、もっぱら「ベリー」が前面に出るのは、皮肉と言うべきか。ことばってやつは。

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「タックルベリー - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%BC>

「タックルベリー 中古釣具専門店」HP <http://www.tackleberry.co.jp/index.html>

「ベリーガールズのハートベリー日記ブログ」 <http://www.tackleberry.co.jp/girls2010/index.cgi?pid=0>

山岡吹雪★ふぶきちの【ふぶログ】 ――リニューアルした例のあれです。」 <http://ameblo.jp/monster77/> 〔2010ベリーガールズのひとり山岡吹雪ちのブログ(ブログジャンル:へべれけ/釣り)〕


母と娘の会話 Conversation Between a Mother and a Daughter [断章 Fragments]

今日から始まった橋田ドラマの『99年の愛――Japanese Americans』を見ながらの会話。 

ハ「イモト、がんばってるね」
モ「イモト、あのマユでやっているの?」

モ「イモトってどんな役?」
ハ「けっこういい役で、草薙の奥さん役みたい」
モ「えー。信じられない」

ふたりとも適当にしか見ていない様子であった。

「TBS開局60周年 5夜連続特別企画 『99年の愛~JAPANESE AMERICANS~』」
11月3日(水・祝)夜9:00-11:13 → バレーボール中継で20分遅延
11月4日(木)夜9:00-11:13
11月5日(金)夜9:00-10:58
11月6日(土)夜9:00-11:28
11月7日(日)夜9:00-11:28

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「草なぎ剛がイモトアヤコの魅力を力説!? - ザテレビジョン」 <http://news.walkerplus.com/2010/1031/4/>

 


フランセス・ホジソン・バーネットの自伝 The One I Knew the Best of All: A Memory of the Mind of a Child [作家の肖像]

『小公子 Little Lord Fauntleroy』 (1886) で一世風靡セピアとまではいわずとも19世紀末の男子ファッション界を席巻したバーネットですが、その数年後の1893年に自伝を執筆しています。『小公子』以前の彼女の作品は、Surly Tim and Other Stories (1877)、Haworth's (1879)、Louisiana (1880)、Through One Administration (1883) など、基本的には子供向けではなくて大人向けのものでしたが、その後Sara Crew; or What Happened at Miss Minchin's (1888)や、 Editha's Burglar: A Story for Children (1888)、Giovanni and the Other: Children Who Have Made Stories (1892) など、副題が子供向けのものであることを示すような本へのシフトを示しつつ、A Woman's Will or Miss Defarge (1887)やThe Pretty Sister of José (1889)など大人読者向けと考えられる作品も書いていくことになります。

  Gretchen Holbrook Gerzina が編集した Norton Critical Edition (2006) や同じノートン社から同じ編者が出した The Annnotated Secret Garden (2007) の年譜 (chronology) になぜ、この本の記載がないのかわけわかめなのですけれど、確かに出版されています。

The One I Knew the Best of All: A Memory of the Mind of a Child (1893)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1893―MSN E-text [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/oneiknewbestofal00burniala
>
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1893―Google E-text [University of Michigan Library] <
http://www.archive.org/details/oneiknewbestall01burngoog>
    ・New York: Charles Scribner's Sons, 1893―MSN E-text [New York Public Library] <http://www.archive.org/stream/oneiknewbestofal00burn#page/n9/mode/2up>

oneiknewbestofal00burn_0010.jpg
frontispiece, illustration by Reginald B. Birch

    この本は次男のヴィヴィアン Vivian Burnett (長男のライオネル Lionel は1890年12月に16歳で病死)の書いた The Romantick Lady: The Life Story of an Imagination (1927) と並んで、Angelica Shirley Carpenter と Jean Shirley の書いた伝記 Frances Hodgson Burnett: Beyond the Secret Garden (1990) のソースとなっている本です。

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「バーネット年譜」 <http://www13.ocn.ne.jp/~m-room/burnett-note.html> 〔『緑の部屋』 <http://www13.ocn.ne.jp/~m-room/index.html> の中〕

"Frances Hodgson Burnett" <http://www.lib.utk.edu/refs/tnauthors/authors/burnett-f.html> 〔テネシー州ノックスヴィル(バーネットが最初のころに住んだ町)の the University of Tennessee の図書館による "Tennessee Authors: Past & Present" <http://www.lib.utk.edu/refs/tnauthors/> 内 (Biography と Bibliography)〕


菠薐草と若布 Spinach and Wakame Seaweed [雑感]

昨日、帰りに小腹がすいて、午後遅くに富士そばに立ち寄った。販売機で「かけそば・うどん」の食券を買って、「そば、お願いします」。「お呼びしますので席に掛けてお待ち下さい」というので、カウンターの一番奥に座って本を読んでいたところ、「もりそば~」「もりそばご注文のかた~」「もりそばのかた~」「もりそばご注文のかた~」と繰り返しアナウンスがあって、誰も取りに行く様子がないので、出向いたところ、「お客さん、もりそばですよね」「かけそばのつもりだったんですが」。で、並んだ食券を見たら、「かけそば・うどん」と「もりそば・うどん」はやっぱり別の券で、結局、反応の鈍いおっさん(まあ自分もそうだけど)が、もりそばを取りに来た。席に戻って、ぼーっと本を読んでいると、麺をゆでているらしいおじさんが、「あと1分ほどお待ち下さい」という声がして、ぼーっと(あれ、自分に言ったのかしら?)とも思ったのだけれど、自分の席の前は厨房に開けておらず、壁であったこともあり、返事をしなかった。それから「かけそばのかた~」という女声に応じて配膳口に行って、「たいへんお待たせしました。すいませんでした。」と言われつつそばのお膳を受け取り、席に戻った。わかめが入っていことに気づいたのはぼーっとしていたので一口食べてからだったと思う。食べながら、サーヴィスで入れてくれたのかなー、それとも間違ったのかしら、と思いつつ、ふだん注文することのないわかめそばを食べたのでした。ふと壁に目をやると、わかめそばはかけそばより80円も高い。帰りしなに「ごちそうさまでした。わかめ、どうも」と、相手がふたたび「たいへん失礼しました」と謝る声とかぶせるようにモゴモゴ言って店をあとにした。

  富士そばの店のそばのスーパーで数日前にほうれん草を2把買っていて、一部はキムチ鍋にモーリちゃんの母が入れたのだけれど、1.5束残っているのをさっき茹でながら、昔のことを考えた。最初思い出したのは、関東一円に、学校給食まで巻き込むかたちで展開している(いた?)山田うどんが、確か1970年代半ばくらいに、それまでのほうれん草をやめてわかめに切り替えたことだった。そのとき(夏休みで、受験勉強中の野郎どもと一緒に、ひとり2杯とか食っていたような気がする)、図書館のそばの山田うどん屋のおやじが、「わかめのほうが栄養があるし、いいでしょ」みたいなことを言って、カチンと来たような来なかったような記憶がある。それは (1) あんた〔おやじ〕が仕切っているわけじゃなくて、与えられたものを調理しているだけではないか、(1.5) ほうれん草は手間がかかって、わかめだと楽だからじゃないのか、 (2) ほうれん草のほうが自分は好きだ、というのとふたつかみっつあったような気がするが記憶は定かではない。ともあれ、その後、山田うどんはわかめちゃん添付になり、ほうれん草は消えた。
  それから思い出したのは、ラーメンも昔はほうれん草が入っていたなーということだった。幼児の記憶をたどると、国分寺駅前の古本屋の横の中華料理店も、千代田区や新宿のあまたの「支那そば」屋も、ラーメンにはほうれん草が入っていたように思う。
  子供のころはよくほうれん草のおひたしも食べた。「おひたし」という言葉の意味がわからないなりに食べた。ポパイがスピナッチの缶詰を食べるのを、どんなもんだべ、と不思議に思いながら、食べた。で、今、この瞬間食べています。カリフォルニア時間ふうに写真を撮ろうかと思ったけれどやめておきます。

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  I Yam What I Yam <http://www.veoh.com/browse/videos/category/animation/watch/v18931661ZdDDMYMf>

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わけわかめ  [辞書・辞典・事典類]

「わけわかめ」というコトバを使うようになったのはいつからかしら。たぶん10年も経っておらず、自分がWEB に個人的に関わるようになってからではないかしら。

  それで、わかめのことを書いた〔「菠薐草と若布 Spinach and Wakame Seaweed」〕ので気になって、つい調べてみました。

  『日本語俗語辞書』 <http://zokugo-dict.com/> という、2005年秋から発足したネット辞書。ちょっと掲載語数が少ないようで、アメリカの、たとえば Urban Dictionary <http://www.urbandictionary.com/> 〔カリフォルニア時間の記事 「November 13 都会的辞典 Urban Dictionary ――イーハー、イーホー、イーハウ Yeeha, Yeehaw のつづき」参照〕にはとてもおよばない、つーか、あーゆー誰でも書き重ね的混乱状態は示していない、そして執筆者は不詳だけど、逆にある程度カチッとした辞書です[2010.11.21追記(文が切れてましたw)]。

わけわかめ

わけわかめとは、理解出来ない・意味不明なときに発する言葉。

【年代】 昭和時代~  【種類】 若者言葉

わけわかめの解説

わけわかめとは「訳がわからない」の『わか』と『わかめ』をかけたもので、意味的には「訳がわからない」と同じように自分の目や耳から飛び込んできた情報が意味不明なときや相手の言動が理解不能なときに発する言葉である。わけわかめにすることで若干茶化したニュアンスにはなるが、これを言う人の多くは口癖になっていることが多く、特に嘲ったり、侮蔑するような意を含んで使われることは少ない。どちらにしても現在死語となっている言い回しである。〔「わけわかめ - 日本語俗語辞書」 <http://zokugo-dict.com/44wa/wakewakame.htm>〕

  え゛~、昭和時代からあって、現在死語なの~♪ わーはっはっはは~♪ ま、自分は死語の世界も死後の世界も喜んで生きたいと願う人間ですが。・・・・・・しかし、関連語に「天然」「不思議ちゃん」「わけフ 」「わけ不明」などあり、モーリちゃんの母に、「わけ不明」と「わけわかめ」を知っているか尋ねたのですが、前者については「意味不明」、後者については初見ということであった。

  もうひとつ、関連語にただの「わかめ」というのがあって、それの説明([2])は、この語が「わけわかめ」の縮約で、同様に死語の運命をたどるというものでありました。――

[2] わかめとは相手の言動が理解出来ないときや意味不明なときに発する言葉で、多くは「わかめ~」と語尾を伸ばして使う。この場合のわかめは「訳がわからない」という意味の俗語『わけわかめ』が略されたものであり、海草のワカメとは直接の関係はない。元となる『わけわかめ』が死語となるのにあわせ、この意味でのわかめの使用もなくなってきている。。〔「わかめ - 日本語俗語辞書」 <http://zokugo-dict.com/44wa/wakame.htm>〕

    そうだったのか~。「わかめ」を習得する前に「わかわかめ」で死語の世界に突入していたとはっ! 自分的には「天然わかめ」とか「中国産わかめ」とかいう新語が出てきてもいいなあ、と思うのですがw

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image via 『「ふえるわかめちゃん国産」、実は中国産だった可能性…理研ビタミン、自主回収と返金を正式発表』 <http://from2chmini.web.fc2.com/pages/all/2010.7/0723.html> (2010.7.23)

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『日本語俗語辞書 - 若者言葉・新語・死語・流行語』 <http://zokugo-dict.com/>

Urban Dictionary <http://www.urbandictionary.com/>

 


ジャパン・ブリーフ Japan Brief [カリフォルニア時間補遺]

ジャパン・ブリーフといっても日本風ふんどしの話ではありません。 
  カリフォルニアにいたときには、日本のニュースはもっぱら朝のフジと夜のNHKのテレビ、そして芸能関係等はTokyo Fish Market や Yaoyasan あるいは Ichiban-Kan の店頭でもらってくるフリーペーパーを頼りにし、それと、ときたま銀行で日系新聞を読むなどしていたのですけれど、ジャパン・ブリーフという、財団法人フォーリン・プレスセンター (Foreign Press Center Japan=FPCJ) というのが現在10ヶ国語で日本語のニュースをWEB配信していることをぜんぜん知りませんでした。(このサイト自体にはシアトルの日本領事館のHP (『在シアトル日本国領事館』 <http://www.seattle.us.emb-japan.go.jp/japanese/index_j.htm>) からリンクされていて――例の橋田ドラマで、カリフォルニアじゃなくてワシントンかい、みたいなことで気になって調べているうちに知りました――、知りました。サンフランシスコの領事館サイトにもリンクがあったのかなあ)。
  10ヶ国語とは、日本語、英語、中国語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語、韓国語、インドネシア語、アラビア語、です。
  各国語の勉強にもいいかも。(あー、股アメリカ行きたい)。  

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Japan Brief: A WEB report giving up-to-date information followed by comments of major Japanese newspapers, on news items on economy, politics, society, business, culture, and other interests.

日本語  [Japanese] 
English     [English]
中文 [Chinese]
Español        [Spanish] 
Français  [French]
Deutsch     [German] 
Português     [Portuguese]      
韓国語 [Korean]
Bahasa Indonesia  [Indonesian]
[Arabic] اللغة العربية

  アラビア語は右から左なのね~w 調整むつかしい~。


秋日狂乱 A Fall Day Driven Mad [歌・詩 ]

女子バレーを見たあと、99年の愛の四夜目を見て、それから録画してあった Q10 を今見ています。「キューテン」と読むとモーリちゃんに怒られるのですけど、なんで「キュート」なの(ってまあ、第1話を見てとりあえずはわかってはおるのですが)。

  で、十数分前のやり取り(ほんとうは数時間前・・・・・・そして、ほんとうは・・・・・・ほんとうは・・・・・・ない)を見ながら、メモっておきます。

秋日狂乱

                     中原中也 

僕にはもはや何もないのだ
僕は空手空拳だ
おまけにそれを嘆きもしない
僕はいよいよの無一物だ

それにしても今日は好いお天気で
さつきから沢山の飛行機が飛んでゐる
――欧羅巴は戦争を起すのか起さないのか
誰がそんなこと分るものか

今日はほんとに好いお天気で
空の青も涙にうるんでゐる
ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて
子供等は先刻昇天した

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる
月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない
デーデー屋さんの叩く鼓の音が
明るい廃墟を唯独りで讃美し廻つてゐる

あゝ、誰か来て僕を助けて呉れ
ヂオゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが
けふびは雀も啼いてはをらぬ
地上に落ちた物影でさへ、はや余りに淡い!

――さるにても田舎のお嬢さんは何処に去[い]つたか
その紫の押花はもうにじまないのか
草の上には陽は照らぬのか
昇天の幻想だにもはやないのか?

僕は何を云つてゐるのか
如何なる錯乱に掠(かす)められてゐるのか
蝶々はどつちへとんでいつたか
今は春でなくて、秋であつたか

ではあゝ、濃いシロップでも飲まう
冷たくして、太いストローで飲まう
とろとろと、脇見もしないで飲まう
何にも、何にも、求めまい!……

   さて、今の時代にも中原中也の詩を読んで、写真を見て、あこがれる女子はいるのかしら。いてもいいけど。昭和10年10月の詩。

  中原中也は秋の歌が多いのだな。

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青空文庫の朗読ページ mp3 <http://reservata.s123.coreserver.jp/poem-chuuya/mp3/arisi-24.mp3> 〔なんか、おっちゃんというかあんちゃんというかMさん的というか、まあ〕


ハウエルズの『批評と虚構』 _Criticism and Fiction_(1891) by William Dean Howells [φ(..)メモメモ]

南北戦争後のアメリカ文壇の大御所だったウィリアム・ディーン・ハウエルズの小説論。

William Dean Howells.  Criticism and Fiction.  New York: Harper, 1891.  188pp.

E-text @Gutenberg <http://ia331329.us.archive.org/3/items/criticismandfict03377gut/3377.txt>

Google read-on-line e-text (Harvard U Library) <http://www.archive.org/stream/criticismandfic01howegoog#page/n9/mode/2up>

   紙のリプリントとしては、(自分がもっているのは)自然主義作家のフランク・ノリスの The Responsibilities of the Novelist (1903) と一緒にしたペーパーバックがあります――Ciriticism and Fiction by William Dean Howells/The Responsibilities of the Novelist by Frank Norris.  New York: Hill and Wang, c1967 [American Century Series 83]. 320pp.  グーテンベルクじゃないほうの read-on-line のテクストと比べてみると、ハウエルズのほうは初版のファクシミリ版であり、かつページ番号も同じでした。ノリスのほうは続けて190ページから320ページまでにおさめられていて、ページ番号だけ変えたのでしょうか。不思議だわ~。

I confess that I do not care to judge any work of the imagination without first of all applying this test to it.  We must ask ourselves before we ask anything else, Is it true?--true to the motives, the impulses, the principles that shape the life of actual men and women?  This truth, which necessarily includes the highest morality and the highest artistry--this truth given, the book cannot be wicked and cannot be weak; and without it all graces of style and feats of invention and cunning of construction are so many superfluities of naughtiness. (ch. 18, p. 99)
(なんであれ想像力による作品を判定するのに、つぎのような試験を最初に適用することなしには行なわないということを告白しよう。われわれが何よりもまず自問しなければならないのは、それは真実か?――実際の男と女の生を形作る動機、衝動、信義に対して真実であるか?という問いである。この真実は、必然的に最高度の倫理性と最高度の芸術性を内包するものだが、この真実さえ与えられれば、その本が悪いということはありえず、弱いということはありえないし、逆にそれがなければ、どんなに文体が優美で創意の才があり構成が巧みであっても、それだけ下品を上塗りするだけということになる。〔ウィリアム・ディーン・ハウエルズ『批評と虚構[小説]』 (1891) 第18章〕)

 

 

 criticismandfic01howegoog_0215.jpg

 

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Project Gutenberg Etext of The Entire PG Edition of W. D. Howells @Gutenberg <http://ia331337.us.archive.org/3/items/completeprojectg03400gut/whewk11.txt>


アメリカの『昔日の家具』 _Furniture of the Olden Time_ (1902; 1917) by Frances Clary Morse [辞書・辞典・事典類]

記事「錫調理器 Tin Kitchen [Little Women] 」で書いた、tin kitchen を探っているときに出くわした本。

Frances Clary Morse.  Furniture of the Olden Time.  New York: Macmillan, 1902.  371pp.
Read-on-line Ebook by Google @Internet Archive <http://www.archive.org/stream/furnitureoldent00morsgoog#page/n10/mode/2up>

furnitureoldent00morsgoog_0011.jpg 

これの増補版がつぎのもの――

Frances Clary Morse.  Furniture of the Olden Time.  New York: Macmillan, 1917.  470pp.
Read-on-line Ebook by MSN (University of California Libraries) @Internet Archive <http://www.archive.org/stream/furnitureofolden00morsrich#page/n11/mode/2up>


   で、後者が(よ)みやすいかたちでWEB上にあります(ChestofBooks.com)。――

Furniture Of The Olden Time | by Frances Clary Morse @ChestofBooks.com
<http://chestofbooks.com/home-improvement/furniture/Olden-Time/index.html>

tin kitchen が載っているページ(原書 (1917)だとpp. 316-317) → <http://chestofbooks.com/home-improvement/furniture/Olden-Time/Chapter-X-Fires-And-Lights.html>

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ChestofBooks.com: Read Books Online for Free <http://chestofbooks.com/>  


ノリスの『小説家の責任』 _The Responsibilities of the Novelist_ by Frank Norris [φ(..)メモメモ]

南北戦争後のアメリカ文壇の大御所だったウィリアム・ディーン・ハウエルズは幅広くリアリズム文学を称揚し、いろんな作家を発掘・奨励・称賛して世に出したのですけれど、自然主義作家のフランク・ノリスもハウエルズに高く評価されました。そのノリスの小説論は、しかし、リアリズムを批判するものでした。

Frank Norris.  The Responsibilities of the Novelist and Other Literary Essays.  New York: Doubleday, 1903.   311pp.

Google read-on-line e-text (U of Michigan Library) <http://www.archive.org/stream/responsibilitie00unkngoog#page/n10/mode/2up>

MSN read-on-line e-text (Cornell U Library)
<http://www.archive.org/stream/cu31924027190960#page/n0/mode/2up>

 

   紙のリプリントとしては、(自分がもっているのは)リアリズムを唱導したハウエルズの Criticism and Fiction (1891) と一緒にしたペーパーバックがあります――Criticism and Fiction by William Dean Howells/The Responsibilities of the Novelist by Frank Norris.  New York: Hill and Wang, c1967 [American Century Series 83]. 320pp. 
  ノリスの、この死後出版のエッセイ集は、25のエッセイを収めています。あと、ノリスの著作の文献目録が、初版の最後には収められています(上記のペーパーバックは、ハウエルズの著作とは違って、ページを縮めて版を再構築しているし、ビブリオも省略しています(まあ、本の主旨からして、妥当ですけど)。
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  フランク・ノリス (1870-1903) はカリフォルニア大学を1894年に卒業、東部に母親とともに(というのは大学在学中に両親が離婚して、父親は再婚し、ノリスは母親といっしょに暮らしていた)引っ越してハーヴァード大学の大学院で、L・E・ゲイツの指導のもとに創作を勉強しました(ハウエルズに認められ作家としての地位を確立することになる長篇小説『マクティーグ』 (1899) はゲイツに捧げられています)。
 
  この『小説家の責任』のなかの最も有名なエッセイは "A Plea for Romantic Fiction" だと思います。ノリスは、リアリズムと対立するものとして自らの小説を規定しようとして、自分の自然主義は「新しいロマンスの形式」だと言います。瑣末な日常の細部にこだわる ("Realism is minute.") リアリズムを否定したノリスが求めたのは、なんか、超越的とはいわずとも、原理的なものだったのでしょうか。しょうね。
  
  ということで、なんとなくつづくかも。

有蓋橋(屋根付き橋) (増改版) Covered Bridges (Revised) [モノ things]

屋根の付いた橋というと、『マディソン郡の橋』のマディソン郡郡庁所在地ウィンターセットの橋々が有名かもしれませんけど、マディソン郡のあるアイオワ州は1846年にアメリカ合衆国に加わりました。エドガー・アラン・ポーが『グレアムズ・マガジン』誌の1841年9月号に発表した短篇小説「悪魔に首を賭けるな」には有蓋橋が出てきて、どうやら有蓋橋はアメリカじゅうにある(あった)ものらしいけれど、北東部、ニューイングランドに多かったようです。

  ポーの定本を1970年代に編んだマボットの全集版は、参照すべき本として、えらく古い本を挙げています。――

Clara E. Wagemann, Covered Bridges of New England (1931).

  残念ながらこの本はInternet Archive 等で探ってもE-text 化されていないようです。

  アマゾンは新しい本をいくつか並べています。――

Benjamin D. Evans and June R. Evans, New England's Covered Bridges: A Complete Guide (UPNE [University Press of New England], 2004).  368pp.

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書評など――

Editorial Reviews

Review

"The Evanses provide a clear description of the various styles of covered-bridge design and construction, as well as details of each bridge."--Boston Globe

"In this new book we have one of the best covered bridge guidebooks we have ever seen. There is at least one color photograph (excellent) of every authentic covered bridge still standing In New England. The authors have taken great pains to give the known facts on each bridge such as building date and truss type, plus very clear directions to there bridges. You have to have this book if you are planning a bridging trip to New England. It is a great addition to any 'bridger's' library even if you are an armchair traveler."--Bridges and Byways newsletter of Ohio Historic Bridge Association

"New England's Covered Bridges: A Complete Guide . . . is complete. For a bridge enthusiast, it is as all-inclusive, information-speaking, as you can get."--Hippo Press (Manchester, NH)

"[A] comprehensive book."--Burlington Free Press

Review

"Benjamin and June Evans' New England's Covered Bridges is the first summation in a quarter century of the region's rich legacy of wooden bridges. Meticulously researched, carefully written, and beautifully illustrated, the book takes its place as the standard guide for a region that cherishes some of the oldest, newest, longest, and strongest of America's covered bridges." (James L. Garvin, New Hampshire State Architectural Historian)
  マボットは、歳月と自動車交通によって大半は消失した、と書いていますけれど、どっこい残っているのですね。
  ヴァーモント州の有蓋橋の本もあり――
Ed Barna, Covered Bridges of Vermont (Countryman P, 2000).  216pp.
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  あー、アメリカに広がった本もあり――
Jill Caravan, American Covered Bridges: A Pictorial History (New Line Books, 2006).  80pp.  [94 full-color photographs]
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  『マディソン郡の橋』によって "bridger" (なんか、鉄ちゃんみたいに橋ファンがいるみたい)が増えたのかどうか知りませんけれど、有蓋橋を記したサイトがけっこうあります。――
☆"Vermont Covered Bridges" @Vermont LIVING MAGAZINE <http://www.vtliving.com/coveredbridges/index.shtml> VermontCoveredBridge.jpg
image via vtliving.com―ヴァーモント州Stowe の Emily's Bridge は幽霊が出ると噂されている。 
☆"New England Covered Bridges (Hi Res)" @webshots: American Greetings <http://travel.webshots.com/album/554888552kQDIAC?start=0> 〔お金払わないとシェアできないみたいですけど豊富〕
☆"New Hampshire Covered Bridges" @VisitNewEngland.com <http://www.visit-newhampshire.com/current_category.704/companies_list.html> 〔歴史的説明がウィキペディアより豊富かも〕
  最後のサイトによると、もともと中世のヨーロッパにあったのが、アメリカで19世紀に独特な発展をしたのだそうです。アメリカ最初の有蓋橋はフィラデルフィアに1805年に建造され、1870年代までには1万を越す有蓋橋が全土にこさえられた。・・・・・・でも現在は750くらいしか残っておらず、主に、ペンシルヴァニア、ヴァーモント、インディアナ、ニュー・ハンプシャー、オレゴン州に集中しているようです。――

Covered bridges were built by Europeans in the Middle Ages, but the 19th century brought a new and distinctly American twist to this engineering form. The first covered bridge in the United States was built in Philadelphia in 1805; by the 1870s, more than 10,000 covered bridges were built in almost every state in America.

Today only about 750 covered bridges remain, concentrated mostly in Pennsylvania, Ohio, Vermont, Indiana, New Hampshire, and Oregon. The National Society for the Preservation of Covered Bridges, founded in1950, has chapters in many states, and works to preserve and study and enjoy the bridges. <http://www.visit-newhampshire.com/nh_covered_bridges.html>

  このあと、上記の本の共著者のエヴァンズさんが語っています(省略)。
  ポーの短篇に出てくる橋の記述の断片――
One fine day, having strolled out together, arm in arm, our route led us in the direction of a river.  There was a bridge, and we resolved to cross it.  It was roofed over, by way of protection from the weather, and the arch-way, having but few windows, was thus very uncomfortably dark.  As we entered the passage, the contrast between the external glare, and the interior gloom, struck heavily upon my spirits.  (Edgar Allan Poe, "Never Bet the Devil Your Head," Mabbott 2: 626) 〔ある晴れた日、腕を組んで一緒にそぞろ歩いた僕たちだが、道は川の方向にむかっていた。橋があったので、渡ることに決めた。橋には、風雨を防ぐために屋根がすっぽりかかっていて、窓もほとんどない通路は気分が悪いくらい暗かった。入ったとたんに、外の明るさに比べて中の陰鬱が僕の気を重たく滅入らせた。〕
  語り手(僕)は橋の先で turnstile (回転木戸みたいなもの――このモノについては稿をあらためます)を通るけれど、連れのトビー・ダミットは一緒に通れず、跳んでいくと言う。で、そこに不意に現れたおっさん(実は悪魔)と首を賭けて跳躍をすることになります。しかし、空中で首をぶつけて落ちてしまう。
  その後――
In the meantime a thought struck me, and I threw open an adjacent window of the bridge; when the sad truth flushed upon me at once.  About five feet just above the top of the turnstile, and crossing the arch of the foot-path so as to constitute a brace, there extended a flat iron bar, lying with its breadth horizontally, and forming one of a series that served to strengthen the structure throughtout its extent.  With the edge of this brace it appeared evident that the neck of my unfortunate friend had come precisely in contact.  (M 2: 631)  (そのうち、考えがひらめて、僕は、そばの橋の窓をさっと引きあけた。すると悲しい真実が明らかになった。回転木戸の上5フィートくらいのところに、通路を横切って、鉄の棒が1本、梁(ハリ)として、アーチの端から端まで渡してあった。同様の支柱が橋の端から端までのあいだに何本も張られて、アーチを補強する仕組みになっている、その1本だった。僕の友人の首がこの梁のエッジに、精確に接触してしまったのだ。)  
 
  橋というのはあの世とこの世をつなぐ "passage" なので、超越的なことが起こる場としてふさわしいのでした。(わけわかめにつづく)
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ノース・キャロライナ在住のオオタキさんの Otakky World <http://ootaki.org/index.htm> には、オハイオ州を中心に covered bridge の解説と訪問記が載せられておりました―― "Covered Bridge" <http://ootaki.org/Coverd%20Bridge/CoveredBridge.htm>。
〔2011年2月25日追記〕昨晩、つづきの記事を載せました――「ターンスタイル(回り木戸) Turnstile

 

 


佐藤春夫の「デカダンに対する慌しい一考察」  [魂と霊 Soul and Spirit]

佐藤春夫の文章を、とくに『退屈読本』を、写経的に書きうつしていこうかと思ったのだけれど、佐藤春夫 (1892-1964) は歿後50年を経ておらず、著作権を尊重して引用にとどめざるを得ないのでした。

  「デカダンに対する慌しい一考察」の初出は雑誌『純正美術』大正11年6月号。

  「デカダンとは何であるか。健全でないものである。人生そのものヽ病気である。さうして病気のなかには、しばしば〔くりかえし記号が表記できず〕健全以上のものが閃いている。犯罪人や発狂者などのなかには、ほんの一面的にではあるが人間性の真実が露骨に拡大されて現はれてゐることが絶えずある。」と始まるエッセーの終わりの3段落――

  人生そのものを一つの宗教とすれば、真のデカダンは人生の殉教者であると言へる。――そんなことを言つた人がある。

  泥溝のなかのメダカが、天上の星かげを慕つてゐるのだ。――デカダンといふものは一種のロマンティケルで、それが近代の洗礼を受けてもう一歩を深入りしたものである。

  霊がくさつてしまつて燐光を放つてゐる――これが本当のデカダンである。さうして平俗な人間は? 腐るにもてんで霊などは、或はまた自分自身の霊〔原文傍点付き・・・・・・〕などは持つてゐないのだ。

うーん。いっぽうでポーも含めた外国文学の影響を受け、いっぽうで支那日本文学の伝統に深く棹差した佐藤春夫の言葉遣いを探ってみようかな、みたいなところです。退屈まぎれに。でもちょっと大仰に「魂と霊 Soul and Spirit」という新マイカテゴリーをついでのように立ててみます。うーん。フォント変わったみたい。 


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