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レインのカエル祭 Rayne Frog Festival [カリフォルニア時間補遺]

いつの間にか9月になって、ひとつにはカリフォルニア州のバークレー=アルバニーのお祭(名前を忘れたw・・・・・・ソラノ祭か♪)が思い出されると同時に、(書いたけど)行ったこともないルイジアナ州のレインのカエル祭が思い出されたのでした。

  で、調べたら、なんだか、カエル祭はスケジュールが9月だけではなくて8月から11月まで複数月にまたがっていて、あー、これって日本の地方都市が観光客を呼ぶために苦心しているのと同じ考えが背後にあるのかなあ、と勝手に思ったことでした。――

Rayne Frog Festival  スケジュール<http://www.raynefrogfestival.com/site/schedule>

m_karakusa.jpg

付記。よく見たら、11月にメインのスケジュールが移行したみたいです。――

RayneFrogFestival2010.jpg
image via Rayne Frog Festival Home Page <http://www.raynefrogfestival.com/site/>

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Rayne Frog Festival Home <http://www.raynefrogfestival.com/site/>

(2008年の記事)

September 1 労働の日のカエル Frogs on the Labor Day

September 2 ソラノ通りのお祭り Solano Avenue Stroll

September 4 2008年レインかえる祭りプロモーション Rayne Frog Festival 2008 

 


バーネットの『白いひと』と人種問題 Burnett's _The White People_ and Race Matters [The White People]

フランセス・ホジソン・バーネット (Frances Hodgson Burnett, 1849-1924) はイギリスのマンチェスターの生まれだけれど、父親の死後1865年に家族と一緒にアメリカのテネシー州ノックスヴィル(ノックスヴィルというと、『家族の死 Death in the Family』を書いたジェイムズ・エイジー James Agee を思い出します)に十代半ばで移住して、1868年には婦人雑誌 Godey's Lady's Book に短篇小説の寄稿を始めます。『ゴーディーズ・レイディーズ・ブック』は1830年にフィラデルフィアで創刊された女性向け雑誌で、ポーが「約束事」とか「鋸山奇譚」とか「おまえが犯人だ」とか「長方形の箱」とかいった短篇小説を載せたものとして個人的にはなじみがあります。調べてみると1898年まで刊行が続いたようですけれど、1860年代にはアメリカの婦人総合雑誌としては中心的なものだったようです。

  その後、結婚、出産、長男ライオネルの死、離婚などあって、1890年代なかばごろからはイギリスでの生活が多くなるのだけれど、1905年にアメリカ市民権を正式に取得し、アメリカとイギリスのあいだで大西洋を行ったり来たりする生活をして、1924年、ニューヨーク州の自宅で亡くなります。

  作品をたいして読んだわけでないから、適当な分類しかできませんけれど、アメリカとヨーロッパにまたがるもの、インドとイギリスにまたがるもの、イギリスを舞台にするもの、そしてたぶんアメリカを舞台にするものがあって、でも最後のものはおそらくは少数かもしれない。

  それで、アメリカ作家としても、イギリス作家としても捉えられるという、ちょうどアメリカ生まれの小説家のヘンリー・ジェイムズとか詩人のエリオットとかパウンドとかの逆みたいな感じがあるのだけれど、近年の批評の流れに乗って考えられる線は、ポストコロニアリズム批評みたいなところがひとつあります(典型的には『秘密の花園』における大英帝国と植民地インド、ならびにコレラ問題とか)。

  そのラインでいうと、『白いひと』なんて、タイトルからしてあからさまに人種の問題にからみそうな気配があるわけです。

  でも、おもしろいのは、人種問題文脈をあたかも作家自身が先んじて記述しているところです(こういうのってポーにもあって、いったい批評というのはなんなんじゃろ――(フランク・カーモドが言ったように、作家自身が最初の批評家か)――、という思いにときどき駆られたりもします)。主人公で語り手の少女イザベルがロンドンに出てきて後見人の邸のパーティーで初めて作家ヘクター・マクネアンと話をするところ。ロンドンに向かう汽車にふたりは偶然に乗り合わせていて、喪に沈む母親と、その母親にしがみつくようにしている男の子(この子を見ているのは実はイザベルだけなのだけれど、その事実を誰も知りません)について、イザベルは以前からの彼女の呼称「白いひと White People」をもちだして話します。

     "It was not six years old, poor mite," I answered.  "It was one of those very fair 〔色白の〕 children one sees now and then.  It was not like its mother.  She was not one of the White People."
     "The White People?" he repeated quite slowly after me.  "You don't mean that she was not a Caucasian〔コーカソイド〕?  Perhaps I don't understand."
     That made me feel a trifle shy again.  Of course he could not know what I meant. How silly of me to take it for granted that he would!
     "I beg pardon.  I forgot," I even stammered a little.  "It is only my way of thinking of those fair people one sees, those very fair ones, you know―the ones whose fairness looks almost transparent.  There are not many of them, of course; but one can't help noticing them when they pass in the street or come into a room.  You must have noticed them, too.  I always call them, to myself, the White People, because they are different from the rest of us.  The poor mother wasn't one, but the child was.  Perhaps that was why I looked at it, at first. It was such a lovely little thing; and the whiteness made it look delicate, and I could not help thinking―"  I hesitated, because it seemed almost unkind to finish.
     "You thought that if she had just lost one child she ought to take more care of the other," he ended for me.  There was a deep thoughtfulness in his look, as if he were watching me.  I wondered why.
     "I wish I had paid more attention to the little creature," he said, very gently.  "Did it cry?"
     "No," I answered.  "It only clung to her and patted her black sleeve and kissed it, as if it wanted to comfort her.  I kept expecting it to cry, but it didn't.  It made me cry because it seemed so sure that it could comfort her if she would only remember that it was alive and loved her.  I wish, I wish death did not make people feel as if it filled all the world―as if, when it happens, there is no life left anywhere.  The child who was alive by her side did not seem a living thing to her.  It didn't matter."
     I had never said as much to any one before, but his watching eyes made me forget my shy worldlessness.
     "What do you feel about it―death?" he asked.
     The low gentleness of his voice seemed something I had known always. 
     "I never saw it," I answered.  "I have never even seen any one dangerously ill.  I―it is as if I can't believe it."
     "You can't believe it?  That is a wonderful thing," he said, even more quietly than before.
     "If none of us believed, how wonderful that would be!  Beautiful, too."
     "How that poor mother believed it!" I said, remembering her swollen, distorted, sobbing face.  "She believed nothing else; everything else was gone."
     "I wonder what would have happened if you had spoken to her about the child?" he said, slowly, as if he were trying to imagine it.
     "I'm a very shy person.  I should never have courage to speak to a stranger," I answered.
     "I'm afraid I'm a coward, too.  She might have thought me interfering."
     "She might not have understood," he murmured.
     "It was clinging to her dress when she walked away down the platform," I went on.  "I dare say you noticed it then?"
     "Not as you did.  I wish I had noticed it more," was his answer.  "Poor little White One!"
     That led us into our talk about the White People.  He said he did not think he was exactly an observant person in some respects.  Remembering his books, which seemed to me the work of a man who saw and understood everything in the world, I could not comprehend his thinking that, and I told him so.  But he replied that what I had said about my White People made him feel that he must be abstracted sometimes and miss things.  He did not remember having noticed the rare fairness I had seen.  He smiled as he said it, because, of course, it was only a little thing―that he had not seen that some people were so much fairer than others.
     "But it has not been a little thing to you, evidently.  That is why I am even rather curious about it," he explained.  "It is a difference definite enough to make you speak almost as if they were of a different race from ours."
     I sat silent a few seconds, thinking it over.  Suddenly I realized what I had never realized before.
     "Do you know," I said, as slowly as he himself had spoken, "I did not know that was true until you put it into words.  I am so used to thinking of them as different, somehow, that I suppose I do feel as if they were almost like another race, in a way.  Perhaps one would feel like that with a native Indian, or a Japanese."
     "I dare say that is a good simile," he reflected.  "Are they different when you know them well?"  (The White People 40-44 [ch. 4])

  訳している余裕がなくなったので、次回につづきま~す。(なんかカリフォルニア時間に戻ったみたいw)。

 


紬(Tsumugi) - 外国人名対訳辞書(自動編纂)に恥をさらす [辞書・辞典・事典類]

以前「大天使ミカエルが踏みつぶすものたち(1) Those Whom the Archangel Michael Treads (1) [ひまつぶし]」という記事で画家のグイド・レニを誤って Guide Reni と綴ったら、

紬(Tsumugi) - 外国人名対訳辞書(自動編纂)

で、自動的にとりあげられてしまった(涙)。

  紬 (Tsumugi) というのは、名古屋大学工学研究科の佐藤理史(Sato Satoshi)研究室のプロジェクト――よくは知りませんが、「ことば不思議箱」と称される――のひとつです。「辞書の編纂作業を100%自動化することはできるでしょうか?」というのが「まえがき」冒頭の一文ですけれど <http://kotoba.nuee.nagoya-u.ac.jp/tsumugi?pl=ja>、「・その人名に対して、すでにカタカナ訳があるかどうか ・複数のカタカナ訳がある場合は、それらの使用や定着の度合」を示すのが具体的な内容です。

  で、それはそれで役に立つところ、あると思います。おおいに。おおきに。

  でも固有名詞の発音って、誤ったものがたくさんあって、直せるものは直すべきだと思っています。たとえば Reynolds はレイノルズと表記されることが多いけれど、「レイ」じゃなくて「レ」です。ちなみに、紬では、予想される事態ですけれど、「レイノルズ」が一番多い。――

 

WS000602.JPG

  いったい、この「レイノルズ」の「写字度」1.00 はどのように計測されているのか。ちなみに個人的には「レノルズ」を選びますが、原音にいちばん近いと考えられるのは「レルズ」でしょう。〔9月9日朝追記 書き間違っていました。で、レナルズかもしれんけどレノルズを自分が選ぶのは、原綴りとの近さ(a か oか) です。レナルズと書くようになると、Arnold をアーナルドと書かねばならない強迫観念に捉えられそうでイヤ。ワトソンじゃなくてワトスンというのと近いとこがある。〕

    固有名詞の記述の説明の例として挙がっているのが女優の Keira Knightley で、おまけに「ナイトレイ」が残るだろうとの「予測」がされています。――

本辞書が対象とする人名対訳は、ラテン文字で表記される原綴とそのカタカナ訳です。

ラテン文字で表記される原綴:Keira Knightley
そのカタカナ訳:キーラ・ナイトレイ

 

カタカナ異表記

外国人名のカタカナ訳の作り方には、厳密な規則は存在しません。基本的には、原綴の発音を、日本語の音で近似して表記します。しかし、この近似は一意には定まらないため、複数のカタカナ訳が生まれます。

多くの場合、時間の経過とともに、そのうちのいずれかが社会に定着して代表的なカタカナ表記と認知されるようになり、他のカタカナ訳は異表記の地位に追いやられて、しだいに姿を消していきます。しかしながら、まれに、複数のカタカナ表記が生き残り、それらが使われ続けることもあります。

ラテン文字で表記される原綴:Keira Knightley
メジャーなカタカナ訳:キーラ・ナイトレイ
マイナーなカタカナ訳:キーラ・ナイトレー
マイナーなカタカナ訳:キーラ・ナイトリー

 

現在の情勢では、おそらく生き残るのは、「キーラ・ナイトレイ」

複数のカタカナ訳がある場合、そのうちのどれを用いるかは、文章の書き手が決めることです。いちばん良く使われているカタカナ訳を用いるという考え方もありますし、より原語の発音に忠実なカタカナ訳を用いるという考え方もあります。そこには、正解という概念は存在しません。

  そーかなー。 そもそもキーラ付きのナイトリーは時間をあんまり経過したわけじゃないですし、Knightley なんて名のひとが他にいたかしら(そりゃあいるけど)。・・・・・・類比的には、作家の Aldous Huxley の表記ですかね。むかしはハックスレーとかハクスレイとかハクスレーとか書かれたけれど・・・・・・いっぽう20年位前に原稿でハクスレーと書いたら、イギリス帰りの女の子に、ヘンだ、下層階級の発音みたい、みたいに言われたw・・・・・・おー、日本語ウィキペディアは見出しを「オルダス・ハクスリー」としたうえで、「※表記には、ハックスリー、ハックスリイ、ハックスレー、ハックスレイ、ハックスリ等がある。」と注記してますな。まあ、日本語ウィキは原音表記が好きな執筆者が多いみたいですけど・・・・・・以前 Ralph Waldo Emersonのカタカナ表記について議論が戦わされているのを読んだことがありますけれど、いま見てみると、エマスンじゃなくてラルフ・ワルド・エマーソンとなってますな。おかしー。

  問題は「近似」するときに、まちがって捉えられることがしばしばあることです。 Geoffrey は「ジョフリー」ではなくて「ジェフリー」ですし、Andrew はアンドルー、 Andrews はアンドルーズです。この違いというのは、パティー/パッティー/パッティとかワトソン/ワトスンとかハクスリー/ハックスレー/ハックスリー・・・・・・の表記違いとは別の問題があると思うのだけれど。で、Reynolds のレイノルズもそうだと自分には思われ。

  普通名詞の screw を「スクリュー」じゃなくて「スクルー」とするとか、hose を「ホース」じゃなくて「ホーズ」とするとかする必要はまったくないし、カリフォルニアをキャリフォーニャとつづったってしょうもないと思いますし、バークレーもバークレーのままでいいと思いますけれど、明らかに間違っている固有名詞で、直せるものは直せばいいと個人的には思います。アメリカの東部の州のMaryland を「メアリーランド」というふうに発音するイギリス人はいるけれど、日本ではちゃんと「メリーランド」と表記するようになっているわけで、それこそ引用にあるように、だんだん変化していくのではないかしら。正しい表記という概念が存在しないとしても誤った表記という概念が存在するならば(それが存在しないなら、なにをどう発音してもいいということになってしまう)、淘汰はされるでしょう。

  しかし、パンティかパンティーかという、根本的な問題をいっぽうで日本語は抱えておるのが悩ましいところです。自分は、前にも書いたけれど、パッティじゃなくてパティー、ダッディじゃなくてダディー派です。

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Photo Gallery for Keira Knightley @ soFeminine.co.uk <http://www.sofeminine.co.uk/w/star/p1492/photos/Keira-Knightley.html>

「キーラ・ナイトレイ -Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4>

「ノート:ラルフ・ワルド・エマーソン - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3>


ポーの言葉の中にレノーアを探していた――宇多田ヒカルとポー (1) I Was Searching for My Lenore in the Words of Mr. Edgar Allan Poe: Utada Hikaru and Poe (1) [歌・詩 ]

・・・・・・これを求めて私は生き続けてるのかな、と思う。
想像を超えて素晴らしいものが返ってくる、想像を絶するほどの恐怖や大惨事がふりかかる。
どっちでもいいから、私には必要。――宇多田ヒカル
想像を絶するもの」『Message from Utada Hikaru / Hikaru』  

  8月末に中学校の同級会があって、その2次会のカラオケで初めて宇多田ヒカルを歌った。「ウタダってむずかしいよね」「え、これ初めて歌うんだよ」「これ彼が好きな女優のドラマの主題歌だから」「え、誰それ」「・・・・・・」

  閑話休題(はやいw)。いや、なんかよく覚えていないけれど、人間活動とかをすると休養宣言した宇多田ヒカルがポー好きなんだという話をして、じゃ、帰ったらブログに書くから、とかなんとか言って、でも朝の5時まで歌っていたのでカエルなり死んだようになって(ゲロゲーロ)、ブログを書く余裕はなかった(つーか、それなりに考えなければ簡単には書けまへんがな)。

  まー、月並みなところから入ります。あ、そのまえに、宇多田ヒカルは1月19日の生まれで、1809年1月19日に生まれたエドガー・アラン・ポーと同じ誕生日です。このことは意味があるように彼女には思われるということはあるかもしれない。ちなみにモーリちゃんの父はフランスの詩人ステファヌ・マラルメが亡くなった1898年9月9日のウン十年後の9月9日に生まれました。若いころモーリちゃんの父は、自分にはマラルメの魂が転生していると信じて詩作に耽っていたのです。

  閑話休題Pt. 2。宇多田ヒカルは尊敬する作家とか芸術家とか(あ、みんな作家か――画家だって作家なんですよね)好きな作品とか、かねて公表してきていて、そーですねー、たとえば、WEBに残っている古い資料だと、nikkei BPnetの1999年の暮れの「宇多田ヒカルのパーソナルデータからビジネス記録まで大公開! ! - ニュース」 <http://www.nikkeibp.co.jp/archives/087/87987.html> の「パーソナルデータ」(これは『日経エンタテインメント!』2000年1月号の特集「宇多田ヒカルパーフェクトアクセスBOOK」とシンクロしていると思われます――

宇多田ヒカルPERSONAL DATA】

本名
宇多田ヒカル(うただ・ひかる)
生年月日 1983年1月19日、ニューヨーク生まれ。16歳。
身長 158cm
血液型 A型
趣味 読書、絵描き、人間観察、仮眠、ライブやテレビ出演のパス集め、瞑想、Eメール
特技 バスケ、左足の小指の独立動作、手抜き、ごまかし
好きな映画 「ショーシャンクの空に」「ジョー・ブラックをよろしく」「ゴッドファーザーPART2」「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」「バグダッド・カフェ」「天国から落ちた男」
好きな作家と小説 中上健次「異族」、芥川龍之介「羅生門」「河童」、川端康成「感情装飾」、森鴎外「高瀬舟」、夏目漱石「こころ」、宮沢賢治(詩集)、ロアルド・ダール「More Tales of the Unexpected」(←短編集で邦訳はまだされていない)、S.シルヴァスタイン「歩道の終わるところはどこ」「屋根裏の明かり」、エドガー・アラン・ポー、 エリ・ウィーゼル「夜」、ジョン・ベレント「真夜中のサヴァナ」、F・スコット・フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」
好きなアーティスト ベイビーフェイス、ブラックストリート、ジャネット・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダー、アース・ウィンド&ファイアー、チャカ・カーン、ミニー・リパートン、フレディ・マーキュリー(クイーン)、スラッシュ(ガンズ&ローゼズ)、ジョー、ローリン・ヒル、NAS、メアリー・J.ブライジ、マックスウェル、2パック、ガービッジ、尾崎豊、GLAY

  渋い。中上健次が先頭だぜ。フォークナーを読ませてあげたいw。で、ポーだけ作品がなくて作家名だけ、というのが特別扱いのしるしかと。

  月並みなところから、ということでした。

  誰もの目に留まるのは、Utada 名義のアルバム『EXODUS』所収の作品 "Kremlin Dusk" におけるポーの詩 The Raven への言及です。

All along I was searching for my Lenore
In the words of Mr. Edgar Allan Poe
Now I'm sober and "Nevermore"
Will the Raven come to bother me at home

  と、ここでモーリちゃんの思考はあらぬほうへ向かい、いったいなんで "my Lenore" と話者(語り手、歌い手)は呼ぶのかしら、と疑問がむくむくと。レノーアは詩『大ガラス』の話者(男)の恋人(女)の名前です。音に極端にこだわったポーの詩において、この女性の名前自体、nevermore と韻を踏むべく選ばれたところがありますが、もうひとつの理由は Lenore がポーの短篇小説の "Eleonora" とか他の詩 "To Helen" や"To Lenore"に反復されるように、ギリシアの美女 Helena の異形であることにかかわると思います(「美女の死」というのはポーが美的に好んだモティーフでした)。

  それで、なんで "my" なのかは考え中ですけれど、ポーの他の作品の言葉の中に Lenore を探すというのではなくて、エドガー・アラン・ポーという言葉の中に Lenore を探してみる、というふうに思いつきがむくむくと起こりました。なぜかはわかりません。突然のヒラメキ、というのが人生にはあるのです。結果あんまり意味がないとしても。わしって天才かしら。

edgar allan poe

edgar aLlan poe

Edgar aLlan poe

Edgar aLlaN poe

Edgar aLlaN pOe

EdgaR aLlaN pOe

EdgaR aLlaN pOE

   ま、不正解だなーw。 

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Hikki's WEBSITE [1999-2004] <http://www.emimusic.jp/hikki/>

Message from Utada Hikaru / Hikaru <http://www.u3music.com/top.html> 〔 「これは言っておかねば」(2010.8.11); 「久しぶりの大事なお知らせ」(2010.8.9)〕

Hikaruの本棚 <http://www008.upp.so-net.ne.jp/library/hikki_favorite_books.htm>

ポーの"大鴉"を題材にとった、Utada「Kremlin Dusk」を聴く。 」『男色系男子』 2010.7.23 <http://masafiro1986.blogspot.com/2010/07/utadakremlin-dusk.html>

Edgar Allan Poe The Raven エドガー・アラン・ポー「大鴉」 i_訳 」『無意識日記
宇多田光 word:i_』 2008.9.7 <http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary/e/564b9402709c8441e188407e5115c72a>

オレの歌詞和訳

エディタ・コミュニティ(edita)ベータ - 宇多田ヒカル(ヒッキー)の応援団 Kremlin Dusk: 英語・日本語・画像 <http://community.edita.jp/c_topic_show/c-497ec470ccedb/t-4994ef90c5053> 〔どなたの訳か知りませんが、同じ訳がいくつもでまわっており。え、"In the words of Mr. Edgar Allan Poe" は、「エドガーアランポーの言葉を引用するならば」と、つぎのセンテンスの冒頭のフレーズなのか~。そうかも~(漠爆)。〕

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视频: 宇多田光——Utada United演唱会 (C)

キャバDEEP - AIKO

音乐Kremlin Dusk 宇多田光.-.[UTADA.UNITED.2006].演唱会

 


バーネットの『白いひと』と人種問題 (2) Burnett's _The White People_ and Race Matters (2) [The White People]

このごろ、というか、前からなのだけれど、このごろ、(1) だけ書いてつづきを書かないままにしている記事が増えてきたことに、このごろ、気がついた、このごろ。

  まるで実人生の反映のようです。

  でも、完結しないで先のばしにするのはそれなりに――長くなったから、という適当な物理的理由ではなくて――理由があるようなのです。つらつら考えてみると。

  なんとか片を付けていかねば、と思っています、心底。

  で、近場から。

  こないだの記事「バーネットの『白いひと』と人種問題 Burnett's _The White People_ and Race Matters」に引いた英語に日本語訳を添えてみます。

     "It was not six years old, poor mite," I answered.  "It was one of those very fair children one sees now and then.  It was not like its mother.  She was not one of the White People." (まだ6歳にもなってなかったんです、おちびちゃんは」とわたしは答えました。「ときどき見かけられるとても色白の子供のひとりでした。おかあさんとは違っていました。母親は白いひとたちのひとりではありませんでした。」)
     "The White People?" he repeated quite slowly after me.  "You don't mean that she was not a Caucasian〔コーカソイド〕?  Perhaps I don't understand." (「白いひとたち?」とゆっくり彼はわたしのことばを繰り返しました。「母親がコーカソイドではなかったということではないですよね? よくわからないのですけど。」)
     That made me feel a trifle shy again.  Of course he could not know what I meant. How silly of me to take it for granted that he would! (このことばでわたしはまたちょっと内気になりました。わたしが言おうとしたことをわからないのはあたりまえです。当然わかってもらえると思ったわたしはなんておばかさん!)
    "I beg pardon.  I forgot," I even stammered a little.  "It is only my way of thinking of those fair people one sees, those very fair ones, you know―the ones whose fairness looks almost transparent.  There are not many of them, of course; but one can't help noticing them when they pass in the street or come into a room.  You must have noticed them, too.  I always call them, to myself, the White People, because they are different from the rest of us.  The poor mother wasn't one, but the child was.  Perhaps that was why I looked at it, at first. It was such a lovely little thing; and the whiteness made it look delicate, and I could not help thinking―"  I hesitated, because it seemed almost unkind to finish.  (「失礼しました。忘れてました。」 わたしはちょっと口ごもりました。「あの色白のひとたちについてわたしが勝手に思っていることなんです。とても色白のひとたち――その色の白さはほとんど透明といってもいいように見えます。もちろんたくさんはいませんけれど、通りですれちがうとか、部屋に入ってくるとかしたときには目を留めずにはいられません。あなたも目をお留めになったことがあるにちがいありません。わたしは、いつも、自分で<白いひと>と呼んでいるのです。ほかのひとたちとは違うんですもの。哀れな母親は違いましたけれど、子供はそうでした。あの子に最初に目がいったのはそのせいかもしれません。とても美しい子でした。その白さのために、繊細に見えたので、わたしはこう思わざるを――」 わたしはためらいました。最後まで言うのは母親に対して優しくないと思われたのです。)
     "You thought that if she had just lost one child she ought to take more care of the other," he ended for me.  There was a deep thoughtfulness in his look, as if he were watching me.  I wondered why.  (「たとえひとりの子供を失なっても、もうひとりの子供のことにもっと気を遣うべきだと思ったのですね。」とわたしに代わっておしまいまで言ってくれました。その顔つきには深く思うところがあって、わたしを気遣ってくれているようでした。なぜだろう、と思いました。)
     "I wish I had paid more attention to the little creature," he said, very gently.  "Did it cry?" (その小さな子にもっと注意を払ってあげていられたら、と思います。」と彼はとても優しく言いました。「彼は泣いていたの?」)
     "No," I answered.  "It only clung to her and patted her black sleeve and kissed it, as if it wanted to comfort her.  I kept expecting it to cry, but it didn't.  It made me cry because it seemed so sure that it could comfort her if she would only remember that it was alive and loved her.  I wish, I wish death did not make people feel as if it filled all the world―as if, when it happens, there is no life left anywhere.  The child who was alive by her side did not seem a living thing to her.  It didn't matter."  (「いえ」と私は答えました。「あの子はおかあさんにただしがみついて、黒い袖を叩いたり、キスしたり、母親を慰めたがっているようでした。泣くんじゃないかとずっと思っていたのですけれど、泣かなかったんです。それでわたしのほうが泣けました。だって、母親が、この子は生きていて自分を愛しているということを思い起こしさえすれば、子は母を慰めることができるのだと確かに思えたからです。わたしが願っているのは、死が、まるで世界を埋めつくしているみたいにひとびとに感じさせなければ、という――まるで、死が起こったときに、生がどこにも残されていないかのような感じを起こさせなければという、ことです。母親のかたわらで生きていた子供が、母親には母親には生きたものと思われないようでした。母親にはどうでもよかったのです。」)
     I had never said as much to any one before, but his watching eyes made me forget my shy worldlessness.  
     "What do you feel about it―death?" he asked.
     The low gentleness of his voice seemed something I had known always. 
     "I never saw it," I answered.  "I have never even seen any one dangerously ill.  I―it is as if I can't believe it."
     "You can't believe it?  That is a wonderful thing," he said, even more quietly than before.
     "If none of us believed, how wonderful that would be!  Beautiful, too."
     "How that poor mother believed it!" I said, remembering her swollen, distorted, sobbing face.  "She believed nothing else; everything else was gone."
     "I wonder what would have happened if you had spoken to her about the child?" he said, slowly, as if he were trying to imagine it.
     "I'm a very shy person.  I should never have courage to speak to a stranger," I answered.
     "I'm afraid I'm a coward, too.  She might have thought me interfering."
     "She might not have understood," he murmured.
     "It was clinging to her dress when she walked away down the platform," I went on.  "I dare say you noticed it then?" (その子はプラットフォームを歩いていく母親のドレスにしがみついていました。」とわたしは続けました。「そのときは目に留まらなかったですか?」)
     "Not as you did.  I wish I had noticed it more," was his answer.  "Poor little White One!" (「あなたほどには。もっと目に留まっていればよかったのですが。」というのが彼の答えでした。「かわいそうな<白いひと>に!」)
     That led us into our talk about the White People.  He said he did not think he was exactly an observant person in some respects.  Remembering his books, which seemed to me the work of a man who saw and understood everything in the world, I could not comprehend his thinking that, and I told him so.  But he replied that what I had said about my White People made him feel that he must be abstracted sometimes and miss things.  He did not remember having noticed the rare fairness I had seen.  He smiled as he said it, because, of course, it was only a little thing―that he had not seen that some people were so much fairer than others.  (そこからわたしたちは<白いひと>について話をすることになりました。マクネアンさんは、自分はある方面では観察力のある人間とは思わないと言いました。この世界のあらゆるものを見聞し理解しているひとの作品だとわたしには思われた著書を思い出して、わたしは彼の考えがわからなかったので、そう言いました。しかし、返ってきた答えというのは、わたしが<白いひと>について話したことで感じたのは、自分がときおりぼんやりとして物事をとらえそこなっているに違いないということだった、ということでした。わたしが目にしてきたような稀な色白というのを目に留めた記憶はないというのでした。そう話しながら微笑んでいましたが、それは、もちろん、ほんのちょっとしたことだったからです――他よりもずっと色白のひとたちがいるということに彼が気づかなかったことが。)
     "But it has not been a little thing to you, evidently.  That is why I am even rather curious about it," he explained.  "It is a difference definite enough to make you speak almost as if they were of a different race from ours." (でも、あなたには、明らかに、ちょっとしたことではなかったのですよね。だからこそ、好奇心がわいているのです。」と彼は説明した。「その違いというのは、あなたが彼らについてまるでわたしたちの人種とは異なる人種のように話すほどに、明確に異なっている。」)
     I sat silent a few seconds, thinking it over.  Suddenly I realized what I had never realized before.  (わたしは黙ってしばらく腰を下ろしたまま、反芻しました。突然、それまでまったく気づかなかったことに気づきました。)
     "Do you know," I said, as slowly as he himself had spoken, "I did not know that was true until you put it into words.  I am so used to thinking of them as different, somehow, that I suppose I do feel as if they were almost like another race, in a way.  Perhaps one would feel like that with a native Indian, or a Japanese." (「えーとですね」、とわたしは、彼が話したのと同様にゆったりとした口調で言いました。「あなたが言葉にされるまでそうなんだとわかりませんでした。あのひとたちを、違ったひとと考えることに慣れていたので、どこか別の人種のようなものとして感じているのだと思うんです。もしかすると、ネイティヴ・インディアンとか、日本人とかについてなら、誰でもそいういうふうに感じるのではないかしら。」)
     "I dare say that is a good simile," he reflected.  "Are they different when you know them well?" (「それはよい直喩(たとえ)かもしれない」と彼は考えながら言った。「親しく知るようになったときには違うのかしら?」)  (The White People 40-44 [ch. 4])

  訳すだけでヒーヒーハーハーです。とつづく~♪ なにを迷っているかについてもまた今度に。

  


バーネットの『白いひと』と人種問題 (3) Burnett's _The White People_ and Race Matters (3) [The White People]

前置き的言い訳が多いですけれど、また書いておきます。カリフォルニアにいるときにもぶちぶち書いた気がするのだけれど、あくまで自分にとってのブログの意味(個人的な意味、という意味です)は、ブログにしか書き留められなかっただろう思念が、残るということにあります。まあ、メモとか、ノートか、書き込みとか、断片のままに散らばるいろんなコトバはあるのだけれど、それがあるていどはまとまる施工を思考を伴って指向しながら、試行のママ終わったしても、志向のあとは絶対にメモやノート以上に残るという嗜好。しこう踏んじゃった。

  まあ、やっつけ、というコトバがありますけれど、やっつけないで、ぼけっと、いやのんびりと眺めていると、いろいろ考えるわけです。

  問題(箇所)と自分が思ったものを、最初に導入するときの自分のことばは以下のようでした(「バーネットの『白いひと』と人種問題 Burnett's _The White People_ and Race Matters」)。――

〔・・・・・・〕近年の批評の流れに乗って考えられる線は、ポストコロニアリズム批評みたいなところがひとつあります(典型的には『秘密の花園』における大英帝国と植民地インド、ならびにコレラ問題とか)。

  そのラインでいうと、『白いひと』なんて、タイトルからしてあからさまに人種の問題にからみそうな気配があるわけです。

  でも、おもしろいのは、人種問題文脈をあたかも作家自身が先んじて記述しているところです(こういうのってポーにもあって、いったい批評というのはなんなんじゃろ――(フランク・カーモドが言ったように、作家自身が最初の批評家か)――、という思いにときどき駆られたりもします)。主人公で語り手の少女イザベルがロンドンに出てきて後見人の邸のパーティーで初めて作家ヘクター・マクネアンと話をするところ。ロンドンに向かう汽車にふたりは偶然に乗り合わせていて、喪に沈む母親と、その母親にしがみつくようにしている男の子(この子を見ているのは実はイザベルだけなのだけれど、その事実を誰も知りません)について、イザベルは以前からの彼女の呼称「白いひと White People」をもちだして話します。

  それで、問題箇所の終わりの核心部分のひとつをあらためて引きます(「バーネットの『白いひと』と人種問題 (2) Burnett's _The White People_ and Race Matters (2)」)。――

     That led us into our talk about the White People.  He said he did not think he was exactly an observant person in some respects.  Remembering his books, which seemed to me the work of a man who saw and understood everything in the world, I could not comprehend his thinking that, and I told him so.  But he replied that what I had said about my White People made him feel that he must be abstracted sometimes and miss things.  He did not remember having noticed the rare fairness I had seen.  He smiled as he said it, because, of course, it was only a little thing―that he had not seen that some people were so much fairer than others.  (そこからわたしたちは<白いひと>について話をすることになりました。マクネアンさんは、自分はある方面では観察力のある人間とは思わないと言いました。この世界のあらゆるものを見聞し理解しているひとの作品だとわたしには思われた著書を思い出して、わたしは彼の考えがわからなかったので、そう言いました。しかし、返ってきた答えというのは、わたしが<白いひと>について話したことで感じたのは、自分がときおりぼんやりとして物事をとらえそこなっているに違いないということだった、ということでした。わたしが目にしてきたような稀な色白というのを目に留めた記憶はないというのでした。そう話しながら微笑んでいましたが、それは、もちろん、ほんのちょっとしたことだったからです――他よりもずっと色白のひとたちがいるということに彼が気づかなかったことが。)
     "But it has not been a little thing to you, evidently.  That is why I am even rather curious about it," he explained.  "It is a difference definite enough to make you speak almost as if they were of a different race from ours." (でも、あなたには、明らかに、ちょっとしたことではなかったのですよね。だからこそ、好奇心がわいているのです。」と彼は説明した。「その違いというのは、あなたが彼らについてまるでわたしたちの人種とは異なる人種のように話すほどに、明確に異なっている。」)
     I sat silent a few seconds, thinking it over.  Suddenly I realized what I had never realized before.  (わたしは黙ってしばらく腰を下ろしたまま、反芻しました。突然、それまでまったく気づかなかったことに気づきました。)
     "Do you know," I said, as slowly as he himself had spoken, "I did not know that was true until you put it into words.  I am so used to thinking of them as different, somehow, that I suppose I do feel as if they were almost like another race, in a way.  Perhaps one would feel like that with a native Indian, or a Japanese." (「えーとですね」、とわたしは、彼が話したのと同様にゆったりとした口調で言いました。「あなたが言葉にされるまでそうなんだとわかりませんでした。あのひとたちを、違ったひとと考えることに慣れていたので、どこか別の人種のようなものとして感じているのだと思うんです。もしかすると、ネイティヴ・インディアンとか、日本人とかについてなら、誰でもそいういうふうに感じるのではないかしら。」)
     "I dare say that is a good simile," he reflected.  "Are they different when you know them well?" (「それはよい直喩(たとえ)かもしれない」と彼は考えながら言った。「親しく知るようになったときには違うのかしら?」)  (The White People 40-44 [ch. 4])

  では、正直に告白します。

  A.  まず、最初、(1) インド人と日本人というのが出てきているのが自分には新鮮であり、(2) 白人を示すコーカソイド(これについてはまぁウィキペディアに説明を譲ります)がこの引用の前の部分に出てきて19-20世紀の人種問題をにおわせたうえでであるというところです。

  B.  それから、仔細に英語を読み直してみて、気になったのが (上の引用の前の箇所ですが)(1) "I always call them, to myself, the White People, because they are different from the rest of us."(「わたしは、いつも、自分で<白いひと>と呼んでいるのです。ほかのひとたちとは違うんですもの。」)というところと、(2) "But it has not been a little thing to you, evidently.  That is why I am even rather curious about it," he explained.  "It is a difference definite enough to make you speak almost as if they were of a different race from ours." (でも、あなたには、明らかに、ちょっとしたことではなかったのですよね。だからこそ、好奇心がわいているのです。」と彼は説明した。「その違いというのは、あなたが彼らについてまるでわたしたちの人種とは異なる人種のように話すほどに、明確に異なっている。」)  えーと、責任転嫁する気はないですけれど、ちなみに、砂川さんの訳だと、(1) 「わたしはいつも、あの人たちのことを白い人たちとかってに呼んでいるんです。だって、あの人たちは、わたしたちとはちがうんですもの」、(2) 「でも、明らかに、あなたにとっては、そういうことはとるに足りないことではなかったんですよね。だから、ぼくはそういうことにますます興味がわいてきたのです」とマクネアンさんは説明なさるのでした。「あなたはその人たちのことを、まるでその人たちがぼくたちとは人種がちがうかのように話すのですが、それほどちがっているわけですね。」

  (1) についていえば、なんで "from us" じゃなくて "from the rest of us" なのか? (2) についていえば、マクネアンが "ours" と呼ぶのは英語的には our race ということになるわけですけど、 our race とは、なんなのか? 

  これ、悩ましいです。ひとつの考え方は、(1)でいうと "us" は白人種で、そうすると "the rest of us" は白人種以外の人間です。白人種以外なのに白いわけです。この考え方だと (2) でも "our" は白人種。けれども、少なくとも文法的可能性としては ours は our races つまり人間の人種という意味にも取り得ます。

  というわけで(という誤魔化しの常套句を引きますが)、よくわからなくなりました。

  C.  個人的にはインド人だろうな、と最初読んだときから思っていた native Indian を、砂川さんは「純粋なインディアン」と訳しているので、迷いました。迷った結果が (2) の「ネイティヴ・インディアン」です(爆)。思うに、アメリカ的文脈で "native Indian" というといかにも北米インディアンだけれど、イギリス的文脈だとインド系の人間がイングランドに入ってきているわけで、移民や混血じゃなくて、インド土着のインド人ということじゃないかしら(あーまさに人種問題か)。

  D.  で、最初は、この時期(発表年は1917年ですから、第一次大戦まっさかりなわけです)日本人を引き合いに出すことの個人的/社会的意味みたいなものに興味を惹かれたのでしたが、――勝手なことを書き留めておくなら20世紀初頭の、日本に対するさまざまな言及というのはとても興味深いものだとかねて思っています、アメリカ作家だともろに愛国心的敵愾心を示したり、いっぽうジーン・ウェブスターみたいに親愛の情を示したり・・・・・・19世紀末からのジャポニスム+茶道や禅や武士道みたいなものが浸透しながらも、アメリカに典型的なように反日的な国策が国際的に出てくる――自分の興味じゃないポスコロ的な文脈を述べれば、もちろんイギリスと日本はいわゆる日英同盟下にあって、1902年の第一次日英同盟ののちの1905年の第二次日英同盟では、「イギリスのインドにおける特権と日本の朝鮮に対する支配権を認めあう」ことになります(「日英同盟 - Wikipedia」)。

  でも、わたくし個人は日本への言及の理由を別のところにもとめたいわけ。あんまり根拠はないけど、そーだなー、バーネットという人について考えたときにそうじゃないかなーと、まあ、そんないいかげんな感覚です。

  E.  そして、いちばんの問題は、マクネアンの「差異」についてのことばで、 "I dare say that is a good simile," he reflected.  "Are they different when you know them well?" (「それはよい直喩(たとえ)かもしれない」と彼は考えながら言った。「親しく知るようになったときには違うのかしら?」) というところ。自身自信喪失気味なので、砂川訳を引くと、「「それはよいたとえかも知れませんね」 マクネアンさんは考えこんでおられました。「その人たちは、親しくなったあとでも、やはりちがっているように感じられるのですか?」」。

  マクネアンの、親しくなったら違い(と思われたもの)はどうなる(違いじゃなくなる)というコトバは、インド人・日本人というタトエに論理的にはつながっているわけです。これの含みってなんなんだろう。とボーっと猛暑残暑の中、考えざるを得ない自分なわけです。

  それで、(1)まとまってから考えを述べよ、とか (2) (もっとふつうには)みんなによくわかるような言葉で述べよ、とか、ブログの高級マナーがあるわけですけれど、守ってちゃ書けねーよ。つーか、それでも書いてよかですか、みたいなことかしらん。

  いや、そうじゃなくて、ブログは日記であるというのが自分の基本姿勢なので、不完全な、もしかしたら夢の要素を含んでいるものを書けることがありがたいことなのかなと。


フランセス・ホジソン・バーネットの著作(仮) Frances Hodgson Burnett's Works [作家の肖像]

FrancesHodgsonBurnett(1888)byHerbertR.Barraud.jpg
Frances Hodgson Burnett (1849-1924: born November 24, 1849, Cheetham Hill, Manchester, England., died October 29, 1924, Plandome, N.Y., USA)  portrait by Herbert Rose Barraud (1888)

網羅的ではありませんが、とりあえずドラフト的につくっておきたいと思います。

That Lass o' Lowrie's (1877)
     ・New York: Scribner, Armstrong & Co., 1877――Google E-text  <http://www.archive.org/details/thatlassolowrie01burngoog>
     ・New York: Scribner, Armstrong & Co., 1877―Boston Public Library E-text  <http://www.archive.org/details/thatlassolowries00burn>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/25725>

Lindsay's Luck (1878) 
     ・New York: F. M. Lupton, 1878―MSN E-text  <http://www.archive.org/details/lindsaysluckfasc00burniala>

Haworth's (1879)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1879―Google E-text [U of Michigan Library]  <http://www.archive.org/details/haworths00burngoog>
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1879―MSN E-text <http://www.archive.org/details/haworths00burniala>

Louisiana (1880)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1880―Google E-text [New York Public Library]  <http://www.archive.org/details/louisiana00burngoog>
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1880―MSN E-text  [U of California Libraries] <http://www.archive.org/details/louisiana00burnrich>
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1880―MSN E-text  [Cornell University Library] <http://www.archive.org/details/cu31924021965706>

A Fair Barbarian (1881)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1881―Google E-text [New York Public Library] <http://www.archive.org/details/afairbarbarian00burngoog>
     ・Rpt. New York: International Association of Newspapers and Authors, 1901―Google E-text  <http://www.archive.org/details/afairbarbarian01burngoog>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/9487>

Through One Administration (1883) 
    ・London: Frederick Warne, 1883, 3 volumes―Google E-text: Vol. I <http://www.archive.org/details/throughoneadmin04burngoog>
; Vol. II <http://www.archive.org/details/throughoneadmin03burngoog>; Vol. III <http://www.archive.org/details/throughoneadmin01burngoog>
    ・Boston: James R. Osgood, 1883, 1 volume―MSN E-text [Cornell University Library] <http://www.archive.org/details/cu31924022028777>
     ・Rpt. New York: Charles Scribner's Sons, 1912―MSN E-text [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/throughoneadmini00burniala>
     ・Rpt. New York: Charles Scribner's Sons, 1915―Google E-text [New York Public Library] <http://www.archive.org/details/throughoneadmin05burngoog>

Vagabondia (1884)
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/25727
>

Little Lord Fauntleroy (1886)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1886―MSN E-text [University of California Libraries  <http://www.archive.org/details/littlelordfauntl00burniala>
; <http://www.archive.org/details/lordfauntleroy00burnrich>
     ・Rpt. New York: Charles Scribner's Sons, 1917―MSN E-text [University of California Libraries]  <http://www.archive.org/details/littlelord00burnrich>
     ・Project Gutenberg E-text <http://www.gutenberg.org/ebooks/479>

     ・1936 Movie Little Lord Fauntleroy ―Feature Films @InternetArchive <http://www.archive.org/details/little_lord_fauntleroy>

     ・LibriVox recording of Little Lord Fauntleroy <http://www.archive.org/details/lord_fauntleroy_librivox>

Sara Crew; or What Happened at Miss Minchin's (1888)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1888.  83pp.; London: Frederick Warne, 1888.
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/137>; <http://www.gutenberg.org/ebooks/24772> 〔イラスト入り〕

The Fortunes of Philippa Fairfax (1888)
     ・London: Frederick Warne, 1888.

The Pretty Sister of San José (1889) 
    ・New York: Scribner's; London: Blackett, 1889.
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/25726>

Little Saint Elizabeth, and Other Stories (1890) 
    ・New York: Scribner's; London: Frederick Warne, 1890.   

The Drury Lane Boys' Club (1892)
     ・Washington: Press of the Moon, 1892.

The One I Knew the Best of All: A Memory of the Mind of a Child (1893)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1893―MSN E-text [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/oneiknewbestofal00burniala
>
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1893―Google E-text [University of Michigan Library] <
http://www.archive.org/details/oneiknewbestall01burngoog>

A Lady of Quality (1896)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1896―Universal Digital Library E-text  <http://www.archive.org/details/ladyofquality003124mbp>
     ・Rpt.  New York: Grosset and Dunlap, 1913―Google E-text [University of Michigan Library] <http://www.archive.org/details/aladyqualitybei00burngoog>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/1550>

In Connection with the De Willoughby Claim (1899)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1899―University of North Carolina at Chapel Hill E-text  <http://www.archive.org/details/inconnectionwith00burn>
     ・Rpt.  New York: American New Company, n. d., 445pp.―University of North Carolina at Chapel Hill E-text  <http://www.archive.org/details/inconnectionwith00burn>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/25810>

The Making of a Marchioness (1901)
     ・New York: Frederick A. Stokes, 1901 [Illustrated by C. D. Williams]―Google E-text [University of Michigan Library]  <http://www.archive.org/details/makingamarchion01burngoog>; MSN E-text [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/makingofmarchion00burniala>; MSN E-text [Robarts - University of Toronto] <http://www.archive.org/details/makingofmarchion00burnuoft>
     ・Project Gutenberg E-text  <>

A Little Princess:Being the Whole Story of Sara Crewe Now Told for the First Time (1905)
     ・New York: Charles Scribner's Sons, 1905; rpt. 1917 ―Boston Public Library E-text <http://www.archive.org/details/little_princess>
     ・Project Gutenberg E-text  <>

     ・LibriVox recording of A Little Princess  <http://www.archive.org/details/little_princess_krs>
     ・Project Gutenberg Audio Book <http://www.archive.org/details/alittleprincess19514gut>

     ・1937 Movie The Little Princess <http://www.archive.org/details/little_princess>

Queen Silver-Bell (1906)
     ・New York: Century, 1906.

The Shuttle (1907)
    
・New York: Frederick A. Stokes, 1907―MSN E-text [Robarts―University of Toronto] <http://www.archive.org/details/cu31924022053213>
     ・New York: Grosset & Dunlap, 1907―MSN E-text [Cornell University Library]  <http://www.archive.org/details/cu31924022053213>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/506>
     ・Rpt. in Persephone Book 71

     ・LibriVox recording of The Shuttle <http://www.archive.org/details/the_shuttle_1002_librivox>

The Secret Garden (1911)
      ・New York: Frederick A. Stokes, 1911―MSN E-text [University of Michigan Library] <http://www.archive.org/details/secretgarden00burngoog>; [New York Public Library 〔こちらのほうがイラストが保存されている〕] <http://www.archive.org/details/secretgarden00burn>
     ・Electronic Text Center, University of Virginia Library (Frederick A. Stokes版, イラスト入り) <http://etext.lib.virginia.edu/etcbin/toccer-new2?id=BurSecr.sgm&images=images/modeng&data=/texts/english/modeng/parsed&tag=public&part=all>
     ・Project Gutenberg E-text (Frederick A. Stokes版, イラスト入り) <http://ia301524.us.archive.org/0/items/thesecretgarden17396gut/17396-h/17396-h.htm>; (イラストなし) <http://www.gutenberg.org/ebooks/113>

     ・LibriVox recording of The Secret Garden [Read by Karen Savage] <http://www.archive.org/details/secret_garden_version2_librivox>
     ・LibriVox recording of The Secret Garden [Read by Kara Shallenberg] <http://www.archive.org/details/secret_garden_librivox>

The Lost Prince (1915)
     ・New York: Century, 1915―Google E-text [Harvard University Library] <http://www.archive.org/details/lostprince00compgoog>; MSN E-text [Robarts - University of Toronto] <http://www.archive.org/details/lostprince00burnuoft>; [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/lostprincefrance00burnrich>
     ・Toronto: William Briggs, 1915―MSN E-text [University of California Libraries] <http://www.archive.org/details/lostprince00burniala>
     ・Rpt.  New York and London: D. Appleton-Century Company, 1934―MSN E-text [New York Public Library] <http://www.archive.org/details/lostprince00burn>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/384>

     ・LibriVox recording of The Lost Prince [Read by Susan Umpleby] <http://www.archive.org/details/lost_prince_su_librivox>

The Little Hunchback Zia (1916)
     ・New York: Frederick A. Stokes, 1916―Google E-text [New York Public Library] <http://www.archive.org/details/littlehunchback00nichgoog>; Boston Public Library E-text <http://www.archive.org/details/littlehunchbackz00burn>
     
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/5303>

The White People (1917)
     ・New York: Harper and Brothers, 1917―MSN E-text  <http://www.archive.org/details/whitepeople00burnrich>; MSN E-text [Robarts - University of Toronto] <http://www.archive.org/details/whitepeople00burnuoft>
     ・Project Gutenberg E-text  <http://www.gutenberg.org/ebooks/459>

m_July182C2008_DSC_0011-5a2f7.jpg
image 「July 18 秘密の庭 The Secret Garden

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Project Gutenberg の Browse by Author のページ <http://www.gutenberg.org/browse/authors/b>から――

Burnett, Frances Hodgson, 1849-1924


八百屋さん前の古本市と日本のポー学会の告知 [カリフォルニア時間補遺]

毎月第3日曜日(正確に書くと、4月、12月を除く毎月第3日曜日11時~3時)はサン・パブロ通りの Yaoya-San Market (& Ichibankan 壱番館)前で古本市が開かれる。モーリちゃんの父は1年間のカリフォルニア滞在中に5回くらい行ったような記憶がある。朝雨が降っていて晴れたのに中止の決定が出ていたときもあったっけ(「March 15 八百屋さん前の古本市、そして、ひまわり (2)」なつかしい・・・・・知らないうちにブログパーツの写真が終了して画像が消えたのは悲しい)。2年前の9月は21日でした(「September 21 八百屋さんマーケット前の古本市で (買った本) (Books Bought) at Old Book Fair at Yaoya-San Market」)。

  別にひまわり会と仲良かったわけではないのだけれど、告知を記事にしたりもしたw――「September 21 エルセリートの八百屋さんの古本市など」。ネタがなかったから、というわけではなかったと思う。

  で、懐旧の情にひたされながらひまわり会(カリフォルニア州サンフランシスコベイエリアの在留邦人の会――くわしくは「June 17 ひまわり (1) [America]」と上記「March 15 八百屋さん前の古本市、そして、ひまわり (2)」参照)のページを探したら、リンク切れになっていた。それは滞米中にもあったので、検索をかけたら、ちゃんと見つかりました。――

・・・・・・・・・・・・

あれ、また開かなくなっているぅ~

ひまわり会-NPO since1971

2010年8月13日 ... 9月の古本市は9月19日です(雨天中止) 4月、12月を除く毎月第3日曜日11時~3時. El Cerritoの日本食品店『八百屋さん』と 日本雑貨品店『壱番館』の前にて 八百屋さん10566 San Pablo Ave. El Cerrito, CA 94530 ...
himawarikai.org/topics.cgi - キャッシュ

 

  ☆☆☆☆☆

八百屋さん前の古本市の告知をするんだから、という強引な理由で、もうひとつ告知。カリフォルニア州エルセリートの八百屋さんの古本市の前日9月18日の土曜日に、東京都千代田区富士見の法政大学で日本ポー学会第三回年次大会が開かれます。

@法政大学 市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 S307

 ☆研究発表 (1030分~1230)
1.  
富山 寛之 (慶応義塾大学()) 「フィラデルフィア・ゴシック――ポーとワイドマンに見る都市論的想像力」 
2.  Greg Bevan (福岡大学)  “The Problem of Progenitors: Poe’s ‘The Cask of Amontillado’ and Bowles’ ‘In the Red Room’”        
3.  小澤奈美恵 (立正大学) 「ポーの新大陸冒険譚――『ジュリアス・ロドマンの日記』と『ルイスとクラークの探検日誌』比較論」    

☆シンポジアム (1330分~1600)
  『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』――未完の水域を彷徨(さまよ)って
  司会・講師: 伊藤詔子 (松山大学)「『ピム』のいきもの表象とゴシック・ネイチャー」
  講師: 西崎憲 (作家)ポーにおける恐怖と恐怖におけるポー
   新島進 (慶応義塾大学、日本ジュール・ヴェルヌ協会会長)『氷のスフィンクス』とヴェルヌ/ポーのセクシュアリティ
   大島由起子 (福岡大学)白い幻影に誘われて世の果てへ――『白鯨』との比較

 ☆特別講演 (1610分~1720) 
         
大井浩二 (関西学院大学名誉教授)  

     ポーの収入――アメリカ作家の家計簿をのぞき読む

☆懇親会  アルカディア市ヶ谷 (1830分~2030)

 

ポー生誕200周年だった去年の1月、記念切手を求めて郵便局を訪れたのがなつかしいです(「January 25 ポーの記念切手を買いにぶらぶらする」 [店・買い物 shopping stores])。宇多田ヒカルと同じ1月19日が誕生日だったので、その数日前の16日に発行されたのでした。そういえば、このとき買えなかった特殊なやつ(初日カバーみたいなの)は日本に帰ったら、日本にいる切手趣味の人がちゃんと買っていて、タダでいただいたのでした。あと「February 18 ポーの切手 Poe Stamps [モノ goods]」で書いた没後100年記念切手ももらっちゃった♪ まあ、日本で手に入るものと入らないもの、そのときにしか手に入らないものと、いろいろあるんでしょうが。

モーリちゃんの父は、八百屋さんの古本市に行けないなら日本のポー学会に行くつもりです。


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日本ポー学会 ホームページ The Poe Society of Japan <http://www.poejapan.org/>

研究社 - web英語青年 「予告」 <http://www.kenkyusha.co.jp/modules/03_webeigo/#tab3_201009-01>

 

 

 


シュワー――フランシスとフランセス Schwa: Francis and Frances [Marginalia 余白に]

 

Frances というのは女の名前で、『秘密の花園』と『白いひと』を書いた女性作家 Frances Hodgson Burnett やヨーロッパの神秘主義思想史の卓越した研究者であったFrances Yates が個人的には親しい。Francis というのは男の名前で、個人的に親しいのは・・・・・・うーん、作家のFrancis Scott Fitzgerald とアメリカ国歌を作曲した Francis Scott Key ですか(ちょっとわざとらしー)。

  Frances と Francis の e と i の母音(字)部分は、普及している発音記号だとどちらも同じ /ə/ で表記されます。モーリちゃんの父は英語音声学は何十年も前に習ったキリで、あとドイツ語やスペイン語の学生と一緒に実験音声学の機材を作り損ねてしょうがなく秋葉原まで修理に行ったりとか、音声関係苦手なんすけど、/ə/を「シュワー」と呼び、「曖昧母音」と称するというくらいの知識はあったつもりでした。

  んが、ウィキペディアを見ると、曖昧母音と等号で結ばれるのではないことを数十年ぶりに知りました。――

シュワー(schwa)とは母音の一つ。またはその音を表す音声記号・文字 ə のことを指す。ただし、その対象には二つのものがある。同じ記号で表されても両者は同じではない。

一つは国際音声記号によって定められた中舌で口の開きの度合いも中間的な中央母音 [ə] を指す。これを中舌中央母音(なかじた・ちゅうおうぼいん)または中段中舌母音(ちゅうだん・なかじたぼいん)という。

またもう一つは曖昧母音(あいまいぼいん)とも呼ばれ、各言語において見られるはっきりとした特徴のない中性的な母音のことをいう。言語によっては前述の中舌中央母音 [ə] でないこともあるが、音素表記では /ə/ と書かれることが多い。

この曖昧母音を音素としてもつ言語の発音を日本語で表記する場合、「ア段」または「ウ段」「オ段」で表記される。
〔「シュワー - ウィキペディア」〕

  ふーん。中段なんたら母音 (mid-central vowel) と曖昧母音は違うので、前者については「シュワー」と言わずに中舌中央母音とか中段中舌母音と呼ぶみたいですね。

  まー、なんだかよくわからないけれど、英語の Wikipedia のFrancis の記事を見ると、冒頭の記述はこんな感じ――

Francis is a French and English first name and a surname of Latin origin.

Francis is a name that has many derivatives in most European languages. The female version of the name in English is Frances, and (less commonly) Francine. (For most speakers, Francis and Frances are homophones or near homophones; a popular mnemonic for the spelling is "i for him and e for her".) The name Fran is a common diminutive for Francis, Frances and Francine. In Italian and Spanish, the form Fran is mostly used for boys and men, while Franci is more common for girls and women. 〔"Francis -Wikipedia"〕

  つまり、この名前の英語の女性版 (female version) は Frances (あと Francine)で、たいがいの話者にとって Francis と Frances は "homophones" 〔同音語〕あるいは "near homophones" 、それで、よくある区別法(記憶法)は彼に (him) はi で彼女に (her) は e

  Francis の発音のIPA (国際音声記号〔字母〕)表記は /fræncəs/ 、Frances のほうは(も) /fræncəs/(æ のストレス省略)。あー、いまリーダーズ英和をみたら、どっちも「フランシス」と表記されてました。

  さて、第一に発音記号が同一だからって現実に同一の発音とは限らないということがあります。それを前もって言っておきます。

  そして、日本では表記を微妙に変えることによって意味や指示対象の違いを示すというあたりまえといえばあたりまえですが、でも美しくオシャレな伝統がありました(し、あります)。バレエ〔舞踏の〕とバレー〔ボール〕とか、アイロン〔家政の〕とアイアン〔ゴルフの〕とか、シャベル〔庭の〕とショべル〔建築の〕とか(最後の例は英語 shovel の発音表記としては「シャ」が圧倒的に正しいのだけれど)。

  で、フランシスは男、フランセスは女、という了解が昔はあったように思われます。あるいは――聖フランシスとかサンフランシスコとかいう男性表記が確立された時点で、意識的にか無意識的にか心あるひとびとが女性を「フランセス」と表記して区別しようとした歴史があったように思われます。

  ウィキペディアの「シュワー」の記事の、「この曖昧母音を音素としてもつ言語の発音を日本語で表記する場合、「ア段」または「ウ段」「オ段」で表記される。」という記述は、なんたら母音と曖昧母音の新たな区別が自分にはよくわからないので、英語の場合のたとえば Watson の "o" がどっちなんだかわからないので、結果よくわからないのだけれど、ホームズの相棒の「ワトソン」「ワトスン」という表記にカラムように思われます。

  しかし、フランシスとフランセスは「イ段」または「段」なんだが・・・・・・なんだかなー。

  ひるがえって、発音記号が同じだから、どっちも「フランシス」で統一するべきだ、というのはおかしいと思うわけです、絶対に。

177px-Schwa_IPA_symbol_svg.jpg
"The IPA Symbol for the Schwa" image via "Schwa - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Schwa>

 

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むかしの関連記事(?)――

July 15 ユニセックスな名前と発音の微妙な問題 Pronouncing Leslie, a unisex name [名前 names]」 (2008.7.15@カリフォルニア時間)

 


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