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『あしながおじさん』における神 (第3のノート)  [Daddy-Long-Legs]

忙しくて一個も記事を書かなかったことに月末になって愕然としています。 

『あしながおじさん』2年生の終わりの夏休み、8月2日ロック・ウィロー農場から書いた手紙は6月9日以来の、ほとんど2ヶ月ぶりの手紙ですが、ジュディーは怒っていたのです(いたのでした)。それはマクブライド家のアディロンダックのキャンプに誘われていたのに、ダディーが横槍を入れて、ロック・ウィロー農場で過ごすように命じたからでした。

     You can't imagine how disappointed I was at having to give up the McBrides' camp.  Of course I know that you're my guardian, and that I have to regard your wishes in all matters, but I couldn't see any reason.  It was so distinctly the best thing that could have happened to me.  If I had been Daddy, and you had been Judy, I should have said, "Bless you, my child, run along and have a good time; see lots of new people and learn lots of new things; live out of doors, and get strong and well and rested for a year of hard work."
     But not at all!  Just a curt line from your secretary ordering me to Lock Willow.
     It's the impersonality of your commands that hurts my feelings. [. . .] (Penguin Classics 75)
(わたしがマクブライド家のキャンプをあきらめねばならなかったときにどれほどがっかりしたかあなたは想像できないでしょ。もちろんわたしは、あなたがわたしの保護者であり、あらゆることにおいてあなたの望みを尊重せねばならないことはわかっています。けれども、まったく理由〔=道理〕がわかりませんでした。わたしなんかの身に起こることとして明らかに最良のことでした。わたしがダディーであなたがジュディーだったとしたら、わたしはこう言っていたでしょう――「よかったな、わが子よ、行って楽しい時を過ごしなさい。たくさんの新たな人々との出会いをして、たくさんの新しいことを学ぶのじゃ。野外で暮らしてたくましく健康になり、一年の勉強のために体を休めてきなさい。」 
  ところがところが! あなたの秘書から、ロック・ウィローへ行くように命ずる短い手紙が来ただけでした。
  わたしの感情が傷つけられるのは、あなたの命令の人間味のなさです。・・・・・・)

  最後の、"impersonality" というのは、1年生の最初の手紙(9月24日)で、ジョン・スミスという名前に反発して、もう少し "personality" のある名前をどうして選べなかったの、と書いた、そこに言葉としてはつながっています。 "person" という言葉はいろんな意味があってややこしいのですけど、とりあえず personality = 個性 = 人間味。
  〔えーと、ややこしいことのひとつは、7月の手紙にあったように、――"Their God (whom they have inherited intact from their remote Puritan ancestors) is a narrow, irrational, unjust, mean, revengeful, bigoted Person." ――神もペルソナ、神の位格もペルソナ。だから、「擬人法」を英語で personification というけれど、必ずしも「人」にタトエテいるわけではないです。あー、ややこし。閑話休題。〕
  8月3日の手紙が興味深いのは、このあと、自分を動かす存在を神のように見ているところです。――

Although my feelings are still hurt, for it is very humiliating to be picked up and moved about by an arbitrary, peremptory, unreasonable, omnipotent, invisible Providence, still, when a man has been as kind and generous and thoughtful as you have heretofore been toward me, I suppose he has a right to be an arbitrary, peremptory, unreasonable, invisible Providence if he chooses, and so―I'll forgive you and be cheerful again. (76)
(わたしの感情はまだ傷ついていますけど、なぜって恣意的で横柄で非道理で全能の不可視の神さまにつまみあげられてあちこちへ動かされるのは、たいへん屈辱的ですから、それでもわたしはあなたがこれまでわたしに対してそうであったように親切で寛大で思慮深いかたなら、そのかたが望むならば恣意的で横柄で非道理な不可視の神さまになる権利はあると思いますので、それで――あなたを赦してまた元気になります。)

  ここで思い起こされるのは、キリスト教における神が、三位一体 Trinity 的には「父なる神 God the Father」、「子なる神 God the Son」、「聖霊なる神 God the Holy Ghost」ですが、とりわけ、つーか、中心的には「父」として名指されてきたことです。

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〔2010年8月11日記〕

天にまします我らの父――主の祈り Our Father in Heaven: Lord's Prayer」、それにつづく「父なる神 God the Father」、さらにつづく記事「天の父と地の父(母と娘の会話)――『若草物語』のばあい Your Heavenly Father and Your Earthly Father in _Little Women_: A Conversation Between a Mother and a Daughter、そしてそれに並ぶ「天の父と地の父――『緋文字』のばあい(1) (母と娘の会話) Your Heavenly Father and Your Earthly Father in _The Scarlet Letter_: A Conversation Between a Mother and a Daughter」につづいていきます。


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