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『若草物語』序 Preface to _Little Women_ [Little Women]

ルイーザ・メイ・オールコットの『若草物語』は1868年10月初旬に第1巻が Little Women, or, Meg, Jo, Beth and Amy としてボストンの出版社 Roberts Brothers から刊行されました。翌1869年4月に第2巻(続篇)Part Second を刊行。 『若草物語』のいささか複雑なテクスト問題についてはいずれ書くことにして、とりあえずこのブログでは初版テクストを使用するということを初めに申しておきます。

・・・・・・って我ながら唐突ですが、まー、並行してあしながおじさん(ジーン・ウェブスター)と若草物語(ルイザ・メイ・オルコット〔ふつうにつづめて表記〕)をまぜこぜにして進んでみようかなっと。閉口しないでね。

LittleWomen(1868)frontcoverA.jpg

LittleWomen(1868)titlepage.jpg

このヘタウマな挿絵は右ページにあるように "May Alcott" によるものですが、1880年の改訂版ではFrank T. Merrill という画家のイラストにとってかわられてしまいます(ぷんぷん)。

で、目次のあと、本文の前にある「序」です。――

LittleWomen(1868)Preface.jpg

「行け、私の小さな<本>よ、そして示せ、
おまえの胸のうちにおさめた秘密のすべてを
楽しみ、おまえを迎える者みなに。
願え、おまえが彼らに示すものが彼らに祝福され、彼らが
善に向かい、君や私よりもはるかに善き旅人となることを。
彼らに<慈悲>について告げよ、慈悲は
旅を早くに始めていたひとり。
そうだ、若い娘たちに来るべき世の
価値を学ばせよ、そして賢明になることを。
足の弱い〔つまずく〕乙女も神に従って
聖人たちの脚が踏んだ道を進むのだから。

つぎのが、オルコットがもとにした、ジョン・バニヤンの『天路歴程』序詩―― 

"The Author's Way of Sending Forth His Second Part of the Pilgrim"

     Go then, my little Book, and shew to all
That entertain, and bid thee welcome shall,
What thou shalt keep close, shut up from the rest,
And wish what thou shalt shew them may be blest
To them for good, may make them chuse to be
Pilgrims, better by far, then thee or me.
     Go then, I say, tell all men who thou art,
Say, I am Christiana, and my part
Is now with my four Sons, to tell you what
It is for men to take a Pilgrims lot;
     Go also tell them who, and what they be,
That now do go on Pilgrimage with thee;
Say, here's my neighbour Mercy, she is one,
That has long-time with me a Pilgrim gone;
Come see her in her Virgin Face, and learn
Twixt Idle ones, and Pilgrims to discern.
Yea let young Damsels learn of her to prize,
The World which is to come, in any wise;
When little Tripping Maidens follow God,
And leave old doting Sinners to his Rod;
'Tis like those Days wherein the young ones cry'd
Hosannah to whom old ones did deride.
[. . . . . . . . . . . . . . . .]〔以下7連省略〕


 

物語の枠組みにはジョン・バニヤンの『天路歴程』があらわにあるわけですけれど、それを作家自身があらわに最初に提示する序です(つーか epigraph みたいなものですね――エピグラフについては「『おちゃめなパッティ大学へ行く』のエピグラフについて Epigraph to _When Patty Went to College_」を参照とか)。もっとも "Adapted from John Bunyan" ということで、ちょっと改編しています。

5日1時追記。改変(改編)部分を例によって示してみます。――

     Go then, my little Book, and shew to all
That entertain, and bid thee welcome shall,
What thou shalt keep close
, shut up from the rest,
And wish what thou shalt shew them may be blest
To them for good, may make them ch
use to be
Pilgrims, better[,] by far, then thee or me.
     Go then, I say, tell all men who thou art,
Say, I am Christiana, and my part
Is now with my four Sons, to tell you what
It is for men to take a Pilgrims lot;
     Go also tell them who, and what they be,
That now do go on Pilgrimage with thee;
Say, here's my neighbour Mercy, she is one,
That has long-time with me a Pilgrim gone;
Come see her in her Virgin Face, and learn
Twixt Idle ones, and Pilgrims to discern.
Yea[,] let young Damsels learn of her to prize,
The World which is to come, in any wise;
When little Tripping Maidens follow God,
And leave old doting Sinners to his Rod;
'Tis like those Days wherein the young ones cry'd
Hosannah to whom old ones did deride.

   ううむむ。説明が必要ですね。つづく。

/////////////////////////////////////

"The Pilgrim's Progress/Part II/Section 1" Wikisource <http://en.wikisource.org/wiki/The_Pilgrim's_Progress/Part_II/Section_1#THE_Authors_Way_of_Sending_forth_HIS_Second_Part_OF_THE_PILGRIM>

Little Women, or, Meg, Jo, Beth and Amy (Boston: Roberts Brothers, 1868)  E-text at Internet Archive <http://www.archive.org/details/littlewomenormeg00alcoiala>

 

 

 


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カガンボ、ガガンボ、アメンボ [Marginalia 余白に]

以前、『あしながおじさん』のアシナガオジサンがガガンボではなくてザトウムシ(メクラグモ)であることを論証wしようとしたときに(記事「ダディーロングレッグズ (1) Daddy-Long-Legs」&その改増版)、既訳を並べたなかで、新潮文庫の松本恵子の訳文を、つぎのように書き写しました。――

  松本恵子 (1954) は「足長とんぼ」と「あしながおじさん[ルビ: ダディ・ロング・レグズ]割注: *かがんぼ [sic])」。

  厨川圭子なんかは「大蚊」にルビで「ががんぼ」と振っていたのでした。――

  厨川圭子 (1955) は「大蚊[ルビ: ががんぼ]」と「本物の「あしながおじさん」(大蚊[ルビ: ががんぼ)」。

  松本恵子の「がんぼ」は誤植かと思っていたのですが、まもなく「がんぼ」がもともとで、「がんぼ」はそれがなまったものらしい、と知りました。

  それでも、詳しく調べることはせずに、「かがみ坊」のなまったものかな、と自分勝手に思っていました。「あめん坊」と同じ坊主の仲間かとw。

  ところがっ。『大辞泉』は語源について「《「蚊ヶ母(かがんぼ)」の意から転じた語》」としています。蚊の母か。でかいからか。

  『大辞林』は同義語として、「カノオバ。カガンボ。カトンボ。」を並べています。ひとつめの「カノオバ」というのは「蚊のおば(叔母・伯母・小母)」(さん)か、「蚊の姥・祖母」でしょうから、坊じゃないのね。しかし、「カノオバ」における助詞の「の」や「オバ」に比べて、「カガンボ」の「が」や音読みの「ボ (母)」――ふつうに母のことを「ボ」とは呼ばんやろう、日本人は――はなんかカタクって、不自然な感じがしなくもないです。まあ、古語のころから呼称があったということか。でかい辞典を調べてみようとは思います。・・・・・・

  そして、アメンボのほうも気になって調べました。こちらも勝手な個人的連想では、雨のあとの水たまりにどこからともなくやってきてスイスイと浮かんでいる姿が幼いころの記憶にあり(東京の国分寺界隈、遠い目)、「雨」がらみとばかり思っていました。

  ところがっ。アメンボは飴坊で、雨ん坊ではないみたいなのでした。アメンボ(アメンボウ)はカメムシに近いところがあって、「外見は科によって異なるが、翅や口吻など体の基本的な構造はカメムシ類と同じである。カメムシ類とはいかないまでも体に臭腺を持っており、捕えると匂いを放つ。「アメンボ」という呼称も、この匂いがのようだと捉えられたことに由来する。」(ウィキペディア「アメンボ類」)。ふーん。カメムシ類とは「いかないまでも」カメムシ類と同じか。捕まえたことがなかったからか、そんな連想はぜんぜん働きませんでした。

   ちなみに英語だとアメンボは water strider とか water spider とかいくつか呼び名があるみたいです。

  ウィキペディアは漢字「水黽、水馬、飴坊」を挙げているけれど、「アメンボウ」の読みは示しておらないです。広辞苑で「あめんぼう」を見ると「飴ん坊」で、①棒状につくった飴菓子、②「つらら」の異称。たれんぼう、と書かれています。たれんぼう。あまえんぼう。さびしんぼう。うろたえて一つ前の「あめんぼ」を見ると、漢字は「水黽」しか挙げていないくせに、「飴のような臭いを出す。・・・・・・アメンボウ。カワグモ。水馬。」と書かれておる。

  ガガンボのほうは――「【大蚊】(カガンボとも)ハエ目ガガンボ科の昆虫。カに似るがはるかに大きく、血を吸わない。脚は長くもげやすい。・・・・・・カノウバ。カノオバ。カトンボ。」

  「カノオバ」に加えて「カノウバ」が挙がっています。ウバが乳母か姥かはわかりませんな。

  で、ガガンボウというつづりは挙がっていないけれど、WEB で検索すると、うちの地方ではガガンボウと呼びます、みたいな発言がけっこうあって、アメンボ/アメンボウみたいにガガンボ/ガガンボウという両方の呼び名があるみたい。仮に「蚊が母」(が=の・・・・・・我が母みたいに)という語源説が正しいとして、そのボ(母)はボウ(坊)にジェンダー転換してしまうってことでしょうか、民衆の想像力のなかでは(そんなおおげさなものではない)。

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『若草物語』の「あしながおじさん」(ダディー=ロング=レッグズ) Daddy-Long-Legs in _Little Women_ [Little Women]

『若草物語』第一部第11章「実験 Experiments」。長姉メグの家庭教師先のキング家は旅行に出、次女ジョーが companion を勤めるマーチおばも旅行に出たのを機会に、下のベスとエイミーも一緒に、なにも仕事・勉強をしないで好きなことをして(メグの場合なにもしないで休んで)暮らしてみるという「実験」が行なわれます。

  四姉妹は思い思いの行動をとります。メグは10時になるまで起きず、ジョーは午前中はローリーと川で遊び、午後はリンゴの木の上で『広い広い世界』を読みふけって泣く。掃除から解放されたベスは人形遊びに飽きてほっぱりだしたままピアノを弾きに出かける。そしてエイミー――

Amy arranged her bower, put on her best white frock, smoothed her curls, and sat down to draw, under the honeysuckles, hoping some one would see and inquire who the young artist was.  As no one appeared but an inquisitive daddy-long-legs, who examined her work with interest, she went to walk, got caught in a shower, and came home dripping.  [Norton Critical Edition 93]]
(エイミーは自分のアズマヤを整え、いっちょうらの白服を身につけ、カールを撫でつけ、スイカズラの下にすわってスケッチをはじめた。誰かが見かけて、あの若い画家は誰だろう?と尋ねないかしらと期待しながら。詮索好きなアシナガオジサンが現われて彼女の作品を興味深げに眺めまわしただけだったので、散歩に出かけ、にわか雨に会い、びしょぬれで家に帰った。)

  手元にある旺文社文庫の恩地三保子訳は daddy-long-legs を「蚊トンボ」と訳しています。

  しかし、たぶんこのアシナガオジサンも羽のはえたガガンボ、カトンボではなくて、ザトウムシ(メクラグモ)ではないかと思われます。

WS000051.JPG
ジュディー・アボット筆 Daddy-Long-Legs


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よく働きよく遊べ(『若草物語』編) All Work and No Play in _Little Women_ [Little Women]

『あしながおじさん』1年生10月の金曜日の手紙の一節で、ジュディーが、大学は勉強もたいへんだけど、遊びもたいへんともらしていることを、3月28日の記事「よく遊びよく学べ  All Work and No Play」で書きました。 "All work and no play (makes Jack a dull boy)." は字義通りには、「勉強ばかりして遊ばないと退屈でつまらない子になる」ですが、日本語の「よく遊びよく学べ」に相当するコトワザでした。

  『若草物語』第一部第11章「実験 Experiments」。長姉メグの家庭教師先のキング家は旅行に出、次女ジョーが companion を勤めるマーチおばも旅行に出たのを機会に、下のベスとエイミーも一緒に、なにも仕事・勉強をしないで好きなことをして(メグの場合なにもしないで休んで)暮らしてみるという「実験」が行なわれます〔「『若草物語』のあしながおじさん Daddy-Long-Legs in _Little Women_」参照〕。

  娘たちの提案(おうかがい)に、母親の Mrs. March は、"work" と "play" という言葉の組み合わせを反復してつぎのように答えます。――

  "You may try your experiment for a week, and see how you like it.  I think by Saturday night you will find that all play, and no work, is as bad as all work, and no play." (Norton Critical Edition 92-93) (あなたたちは実験を一週間、気に入るかどうかやってごらんなさい。土曜の夜までには、遊びばかりの仕事なし、というのは仕事ばかりの遊びなし、と同じくらいにダメなものだということがわかるとわたしは思いますよ。)

  四姉妹が悲惨な実験の結果を認識してのちの、母親の教訓とモラル――

"Mother, did you go away and let everything be, just to see how we'd get on?" cried Meg, who had had suspicions all day.

"Yes, I wanted you to see how the comfort of all depends on each doing her share faithfully.  While Hannah and I did your work, you got on pretty well, though I don't think you were very happy or amiable.  So I thought, as a little lesson, I would show you what happens when everyone thinks only of herself.  Don't you feel that it is pleasanter to help one another, to have daily duties which make leisure sweet when it comes, and to bear and forbear, that home may be comfortable and lovely to us all?" (みんなが心地よいのはめいめいが自分の受け持ちを忠実にやっているからだということをわかってほしかったのよ。ハンナとわたしがあなたたちの仕事をしてあげたあいだは、あなたたち調子よかったけど、それでもあんまり楽しそうでも愛想よくもなかったわね。で、みんながただ自分のことだけしか考えなくなったときに何が起こるか見せてあげたらどうか考えたの。ちょっとした教訓としてね。互いに助け合い、毎日の勤めをもっていることで余暇がきたときにすてきなものになるし、我慢して自制することで家庭はみんなにとって心地よくすばらしい場所になると思わない?)

"We do, Mother, we do!" cried the girls.

"Then let me advise you to take up your little burdens again, for though they seem heavy sometimes, they are good for us, and lighten as we learn to carry them.  Work is wholesome, and there is plenty for everyone.  It keeps us from ennui and mischief, is good for health and spirits, and gives us a sense of power and independence better than money or fashion." (では、それぞれの小さな重荷を背負いなおしましょう。なぜなら、ときどき重たく思われるかもしれないけれど、わたしたちのためになるのだし、背負って進むことを学ぶにつれて軽くなるのです。仕事は健全なものだし、誰にでもいくらでもあります。アンニュイとか悪戯心からわたしたちを引き離してくれるし、健康と精神にもよく、お金とか流行の洋服などよりもわたしたちに力と独立の感覚を与えてくれるのです。)

"We'll work like bees, and love it too, see if we don't," said Jo.  "I'll learn plain cooking for my holiday task, and the next dinner party I have shall be a success."

"I'll make the set of shirts for father, instead of letting you do it, Marmee.  I can and I will, though I'm not fond of sewing.  That will be better than fussing over my own things, which are plenty nice enough as they are," said Meg.

"I'll do my lessons every day, and not spend so much time with my music and dolls. I am a stupid thing, and ought to be studying, not playing," was Beth's resolution, while Amy followed their example by heroically declaring, "I shall learn to make buttonholes, and attend to my parts of speech."

"Very good!  Then I am quite satisfied with the experiment, and fancy that we shall not have to repeat it, only don't go to the other extreme and delve like slaves.  Have regular hours for work and play, make each day both useful and pleasant, and prove that you understand the worth of time by employing it well.  Then youth will be delightful, old age will bring few regrets, and life become a beautiful success, in spite of poverty."  (たいへんよろしい! ではわたしは実験にたいへん満足して、もう繰り返すことはないと思います。ただ、一方の極端に走って、奴隷のようにあくせく掘り下げることのないように。仕事と遊びのちゃんとした時間をもって、一日一日を有益かつ快いものとしなさい。そして、時間を上手に使うことによって、時間の価値を理解していることを証明しなさい。そうすれば、青春は喜びにみちたものとなり、老年になっても悔いは少なく、そして、人生は、貧しくとも、美しい成果となるでしょう。)

"We'll remember, Mother!" and they did. (99-100)

  重荷というのはもちろん作品冒頭からの『天路歴程 Pilgrim's Progress』ごっこというか、キリスト者としての pilgrimage としての人生において背負う荷のことなのですけれど、それとのからみで仕事(労働)の大切さを説くところは、なんだかマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」的なエトスと共振するような気がしなくもないです。が、貧乏でもよい、というところが違うw。貧乏でも「ビューティフル・サクセス」・ストーリーが成就するというところがうそ臭くもすがすがしいところです。


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『あしながおじさん』の「若草物語」(リトル・ウィメン) Little Women in _Daddy-Long-Legs_ [Daddy-Long-Legs]

『あしながおじさん』1年生初めのころの12月19日の手紙で、普通の女の子たちが自然に吸収して知っているものをいかに自分が知らないか、というリストが示され、そのあと、今同時並行で読んでいる作品として『若草物語』が言及されます。――

     I have a new unbreakable rule: never, never to study at night no matter how many written reviews are coming in the morning.  Instead, I read just plain books―I have to, you know, because there are eighteen blank years behind me.  You wouldn't believe, Daddy, what an abyss of ignorance my mind is; I am just realizing the depths myself.  The things that most girls with a properly assorted family and a home and friends and a library know by absorption, I have never heard of.  For example:
     I never read "Mother Goose" or "David Copperfield" or "Ivanhoe" or "Cinderella" or "Blue Beard" or "Robinson Crusoe" or "Jane Eyre" or "Alice in Wonderland" or a word of Rudyard Kipling.  I didn't know that Henry the Eighth was married more than once or that Shelley was a poet.  I didn't know that people used to be monkeys and that the Garden of Eden was a beautiful myth.  I didn't know that R. L. S. stood for Robert Louis Stevenson or that George Eliot was a lady.  I had never seen a picture of the "Mona Lisa" and (it's true but you won't believe it) I had never heard of Sherlock Holmes.
     Now, I know all of these things and a lot of others besides, but you can see how much I need to catch up.  And oh, but it's fun!  I look forward all day to evening, and then I put an "engaged" on the door and get into my nice red bath robe and furry slippers and pile all the cushions behind me on the couch and light the brass student lamp at my elbow, and read and read and read.  One book isn't enough.  I have four going at once.  Just now, they're Tennyson's poems and "Vanity Fair" and Kipling's "Plain Tales" and―don't laugh―"Little Women."  I find that I am the only girl in college who wasn't brought up on "Little Women."  I haven't told anybody though (that would stamp me as queer).  I just quietly went and bought it with $1.12 of my last month's allowance; and the next time somebody mentions pickled limes, I'll know what she is talking about!  (Penguin Classics 24) 
(わたしは新しいルールをつくって絶対に破らない覚悟をしました。翌朝いくら筆記試験があっても、前の晩は決してけして勉強しないことです。そのかわりに、やさしい本を読みます。だって18年というブランクを埋めるためには、どうしても必要なんです。私の精神にどんなに深い無知の深淵ができているか、ダディーに話しても本当になさらないでしょう。その深さがようやく自分でもわかりだしました。親きょうだいがちゃんとそろって家庭と友人と蔵書にめぐまれた、たいていの女の子たちなら自然に吸収同化して知っているようなことで、わたしが聞いたことのないことがたくさんあります。たとえば――
  わたしは『マザーグース』や『デイヴィッド・コッパーフィールド』や『アイヴァンホー』や「シンデレラ」や「青髭」や『ロビンソン・クルーソー』や『ジェイン・エア』や『不思議の国のアリス』を読んだこともなければ、ラドヤード・キプリングは一語も読んだことがありません。わたしはヘンリー8世が何度も結婚したことや、シェリーが詩人だったということも知りませんでした。人間がもともと猿だったことも、エデンの園というのは美しい神話だということも知りませんでした。R. L. S. がロバート・ルイス・スティーヴンソンの略字だということも、ジョージ・エリオットが女の人だということも知りませんでした。『モナリザ』の絵を見たこともなければ、(信じないでしょうけれど)シャーロック・ホームズなんて聞いたこともありませんでした。
  いまは、こういうことはみんな知っていますし、そのほかいろいろなことを知っています。けれども、追いつくのにどれだけたいへんかおわかりだと思います。あー、でもそれはとても楽しいんです! わたしは1日じゅう早く夕方にならないかと待ちわびて、それからドアに「仕事中」の札をかけ、すてきな赤い化粧着にきがえて室内履きをはき、寝椅子にありったけのクッションを重ねてよっかかり、ひじのところに真鍮の勉強用ランプをつけ、読んで読んで読みまくるのです。1冊の本では足りません。同時に4冊を読んでいます。いま、テニソンの詩集と『虚栄の市』とキプリングの『高原平話』と、あと――笑わないでください――『若草物語』を読んでいます。『若草物語』を読まないで育ったのは大学内で私ひとりのようです。でも誰にも言いませんでした(言ったなら、変人とレッテルを貼られるでしょう)。黙ってその場を離れて〔本屋さんに行き〕、先月分のおこづかいから1.12ドル出して買いました。今度誰かがライム・ピクルスのことを言ったら、何を話しているかわたしにもわかります!)

  『若草物語』は、作品としても、作家志望のジョーというキャラクターの次元でも、ジーン・ウェブスターに、『ジェイン・エア』なんかとは別のところで、あるいはR. L. S. とは別の視座で、影響を与えたであろうことは容易に想像されます。言及はこの箇所だけで、みんなが読んでいるのに自分だけ読んでない "just plain books" のなかに数えているようすです。   

   なんとなく頭に残っていたフィッツジェラルドの長篇小説『夜はやさし Tender Is the Night』をひっぱりだしてみたら、『若草物語』ではなくてオルコットの名前への言及が、ロシア生まれのフランス児童作家セギュール夫人 (Sophie Rostopchine, Comtesse de Ségur, 1799-1874) と一緒に出てきます。未来派風な建物内の人々の描写で、なにがなんだかよくわからないこともあって、何年もひっかかっていたのでした。(書き出してもわけはわからないままですが、ブログの効用を信じて書きとめておきます)――

There were about thirty people, mostly women, and all fashioned by Louisa M. Alcott or Madame de Ségur; and they functioned on this set as cautiously, as precisely, as does a human hand picking up jagged broken glass.  (Ch. 17)

    よくわからないのですが、ここで "fashioned" というのは、たぶん服装関連ではなくて、「形成する」 (shape) という意味で、子供のころ読んで育ったみたいなことで、『あしながおじさん』の "brought up on 'Little Women.' " 〔on は「・・・で」〕と通じ合うのではないかと思いました。

  と尻つぼみに閉じます。

WS000552.JPG
Little Women 改訂版 (Boston: Roberts Brothers, 1880), frontispiece, illustrated by Frank T. Merrill


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