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日本的霊性につきて (4) 霊性と宗教意識 (鈴木大拙) "On Japanese Spirituality" by Suzuki Daisetsu  [魂と霊 Soul and Spirit]

承前―〔日本的霊性につきて (3) 霊性と文化の発展 (鈴木大拙) "On Japanese Spirituality" by Suzuki Daisetsu

  えーと、(3) の予告φ(..)メモメモないままにつづきます。

 

     4  霊性と宗教意識

  霊性ということは、如上の所述でたいてい会得できると思うが、それでも霊性なるものを精神の外において、物質と精神との対峙の上にいま一つの対峙を考える人があるかも知れぬ。そうすると頭上に頭を重ねるわけで、甚だ持って回ったことになる。それゆえ簡単に、霊性は精神の奥に潜在しているはたらき〔はたらきに傍点〕で、これが目覚めると精神の二元性は解消して、精神はその本体の上において感覚し思惟し意志し行為し能うものと言っておくのがよいかも知れん。即ち普通に言う精神は、精神の主体、自己の正体そのものに触れていないものだと言ってよいのである。
  宗教というものから見ると、それは人間の精神がその霊性を認得する経験であると言われるのである。宗教意識は霊性の経験である。精神が物質と対立して、かえってその桎梏〔しっこく〕に悩むとき、みずからの霊性に触着する時節があると、対立相克の悶〔もだ〕えは自然に融消し去るのである。これを本当の意味での宗教という。一般に解している宗教は、制度化したもので、個人的宗教経験を土台にして、その上に集団意識的工作を加えたものである。霊性の問題は、そこにも固〔もと〕よりこれあるのであるが、多くの場合、単なる形式に堕するを常とする。宗教的思想、宗教的儀礼、宗教的秩序、宗教的情念の表象などというものがあっても、それらは必ずしも宗教経験それ自体ではない。霊性はこの自体と連関している。

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『日本的霊性』 緒言 一 日本的霊性につきて・・・・・・1 「精神」の字義・・・・・ 2 霊性の意義・・・・・・ 3 霊性と文化の発展・・・・・・ 4 霊性と宗教意識・・・・・・ 5 日本的霊性・・・・・・ 6 禅・・・・・・ 7 浄土系思想・・・・・・ 8 禅と浄土系――直接性

  宗教経験というと、ヘンリー・ジェームズのにいちゃんのウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』を思い起こすのは、宗教経験がないせいかもしれません。ところで、 「宗教的思想、宗教的儀礼、宗教的秩序、宗教的情念」に「的」が付され、宗教経験のほうは「宗教的経験」ではないのは、「宗教経験」が「的」的なうさんくさいものではないという含みなのでしょうけど。

  William James, The Varieties of Religious Experience (1902); rpt. 1922.  Internet Archive


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