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3月5日の手紙 The Letter of March Fifth [Daddy-Long-Legs]

サミュエル・ピープスへの言及にみちていた4年生2月の手紙のつぎは翌月3月5日の手紙です。4年ともなるとジュディーも落ち着いてきて月に一通のペースで書くようになってしまっていますが、それはこのあとのクライマックスにむかって印象的な手紙を集中的にじっくり書く(作家がです)ということのほかに、(1) 手紙に書かれていない時間の経過のなかでジュディーが成長を示し(なかなかあやうい感じもしますが)、(2) 手紙が減ることでジャーヴィー坊ちゃまは不安と疎外感を増すかもしれず、いや、そんなことは最初の読者は知らないことですけれど、なんとなしにサスペンスが漂うような気もします(うそかも)。

  あー、そう適当なことを書いていて思い出したのでけれど、3年生の冬に(冬から?)、ジャーちゃんは「あしながおじさん」としてでなくジャーヴィスとして手紙をジュディーに書き送るようになっているようですし("I have been receiving beautiful long letters this winter from Master Jervie (with typewritten envelopes so Julia won't recognize the writing)" (「わたし[ジュディー]はこの冬、マスター・ジャーヴィーからすてきな長い手紙を受け取っています(ジュリアが筆跡でわからないようにタイプで打った封筒に入れて」)[3年生3月22日ごろの手紙: Penguin Classics 13])、同時にサリー・マクブライドの兄でプリンストン大学の学生のジミーも毎週のようにジュディーに手紙を書いていた(いる)ようです("And every week or so a very scrawly epistle, usually on yellow tablet paper, arrives from Princeton")[同じ3年3月の手紙]。このふたりとの手紙のやりとりは、ジュディーからあしながおじさんへの手紙にはもちろん引用されずに、ずっと続いているのだと考えられます(だって二人は恋のライヴァルだから)。

  と、書いて、なんでこんな(4年生の3月まで)進んでしまったのだろう、となぜの嵐が????? ま、クライマックスへ行く前に戻りますわ~。

  3月5日の手紙は、既に前に「デートと万年カレンダー――ジュディーの誕生日  Dates and the Perpetual Calendar: Judy's Birthday」で触れたように、大学生活の終わりが近づきつつあるジュディーが、4年前の「ブルー・ウェンズデー」を思い起こし、ジョン・グリアー・ホーム(孤児院)をあらためて考える内容を含んでいます。

  自己剽窃します。――

  ペンギン・クラシックス版だと118ページ、4年生の3月5日の手紙です。この手紙の冒頭で、明日が3月最初の水曜日ということで、孤児院ジョン・グリアー・ホームを思い起こすわけです。それで、出だしも「おじさん」宛てではなくて「理事(評議員)さま」宛てです――

                                                                March Fifth

Dear Mr. Trustee,

     To-morrow is the first Wednesday in the month―a weary day for the John Grier Home.  How relieved they'll be when five o'clock comes and you pat them on the head and take yourselves off!  Did you (individually) ever pat me on the head Daddy?  I don't believe so―my memory seems to be concerned only with fat Trustees.
     Give the Home my love, please―my truly love.  I have quite a feeling of tenderness for it as I look back through a haze of four years.  When I first came to college I felt quite resentful because I'd been robbed of the normal kind of childhood that the other girls had had; but now, I don't feel that way in the least.  I regard it as a very unusual adventure.  It gives me a sort of vantage point from which to stand aside and look at life.  Emerging full grown, I get a perspective on the world, that other people who have been brought up in the thick of things, entirely lack.  (Penguin Classics, pp. 118-119)
(3月5日/理事さま
  明日は月の第一水曜日――ジョン・グリアー・ホームでは憂鬱な日です。5時になって理事さんたちがみんなの頭をなでて立ち去ったときに皆はどれほどほっとすることでしょう! 理事さん(ご自身)は、私の頭をなでてくださったことがありましたか、おじさま? 私にはそうは思えませんけれど――記憶にあるのはみな太った理事さんたちばかりのようなのです。
  ホームへ私の愛をお伝えいただければと存じます――本気の愛です。4年間の霞をとおして振り返ると、ホームに対するほんとうに優しい気持ちを感じます。大学へきたてのころ私はほんとに腹をたてていました。なぜってほかの女の子たちにあった正常な子供時代が自分には奪われていたのですから。でもいまは、少しもそんなふうには考えていません。とてもふつうじゃない冒険とみなしています。脇に立って人生を眺めるという利点を私に与えてくれています。十分に成長してから世に出てきたおかげで、豊かなモノに囲まれて育てられた他のひとたちにはまったく欠けている、世界を見とおす視座があります。)

  卒業を数ヶ月後に控えて、4年間の時の流れを読者に思い起こさせると同時に、作品冒頭の「ブルーな水曜日」のエピソードを思い出させてしみじみさせる一節なのですけれど、ここで、作家は月日と曜日を組み合わせて出してしまったわけです。「しまった」というのは、他にそういう箇所がないようだからです。

   ということで、3月5日の「明日」は水曜日。よって3月6日は水曜日です。

   ということで、カレンダーが1912年と1901年と合致するということは、前の記事でも書きました。そして、「ジューディーとジャーヴィー――ジュディーと冒険(3) Judy and Jervie: The Adventurous Judy (3)」で先走りすぎて書きそこねたようですが、2年生の夏にジャーヴィスとともに「たくさんの冒険」をした (“Such a lot of adventures we’re having! [83]) ジュディーは、他ならぬ「ロマンス」的なスティーヴンソンの詩を引用して、「世界」における「幸福」の秘密を語っており(85)、このあと、ジュディーの「冒険」観は修正を受けて、ジョン・グリアー・ホームをひとつの「冒険」として見る視点を得たのだと考えられるわけです。 

   さて、いっぽうで、この手紙は、ジュディーがあいかわらず「あしながおじさん」の正体がわからぬことを示し、ということはあいかわらず年寄りだと思い込んでいることも示しています(これを読むジャーちゃんは自己分裂に悩み悶えることでしょう)。

   ああ、ジャーちゃん。

1901年(ジーン・ウェブスターのヴァッサー卒業の年)と1912年(『あしながおじさん』出版の年)の3月のカレンダー 

March

SuMTuWThFSa
__________12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31____________

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