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ジュディーと冒険 The Adventurous Judy [Marginalia 余白に]

『あしながおじさん』のジュディーは、はじめから冒険心のある、冒険好きな人間として提示されている("adventurous little Jerusha" [p. 6]) のですけれど、冒険と文学というものを考えてみると・・・・・・とりあえずジュディーは小説家志望なので、冒険と小説の関係を考えてみると・・・・・・写実的なノヴェルに対して非写実的なロマンスがあって、文学史的に言うと、イギリスはとりわけnovel of manners 、すなわちひとつの社会や共同体における社会規範や風俗とのかかわりや相克、そしてその中での人間的成長を描くようなノヴェルの伝統が強く進展したのに対して、アメリカのほうは、社会自体が何もないところから作られ、ヨーロッパのような歴史や文化の蓄積もなく、人々は広大な土地にあって移動型だから共同体がなかなか安定しない、とかあれこれな要因があり(そもそもアメリカにやってくる人たちの指向が脱伝統的社会にあったし、今日もある、というのも要因かもしれないけれど)、イギリス的、ヨーロッパ的な小説(novel)を発展しえずに、有名なアメリカ文学研究者リチャード・チェースのフレーズを借りれば "romance-novel" として、つまりノヴェルに対して非写実的/ときに超自然的/夢物語的/ありそうもないお話的なロマンスの要素をハイブリッド的に入れた小説として育ったのだ、ということが言われ、もちろん作家はいろいろ人生いろいろだし、現実重視と非現実願望とどっちが表に強く現われ認められるかという二大政党的相対的なところもあるのかもしらんけれど、英米の小説の、少なくとも政治的表裏マニフェスト対立みたいなところになっておりました。

  それで、イギリス文学史的に言うと、スティーヴンソンというのは主流の小説家ではない(のだと思う)。そして、ジュディーの文才を認めて大学に行かせる、それも作家となるべく行かせることにした、あしながおじさんは、どれだけ文学的なおじさんなのか、読んでもよくわからないところがあるのですが、ジュディーは、自分が読んでいるものを全部読んでいる("He's read all the books I've ever read" [p. 84]) と言いますし(なんか必死こいてジュディーの手紙に挙げられた本を読んでいるおじさんの像が目に浮かぶのですが)、雑誌社に送る原稿について、アレコレ批評的なことを言うのです。

  そして、そういうおじさん――ちなみに、この人(ジャーちゃん)は、(偏見で書くのではないが)、socialist です、ジュディーもsocialist になるのですが――が、ジュディーに教えることで、いちばん大きいのは、日常から出発せよ、知っていることを書け、ということではないかと思われ。

   しかし、スティーヴンソンはズレているように思われ。画家のマリ・バシュキルツェフが最晩年にエミール・ゾラを読みふけるのとは対照的と思われ。

   ということを考えながらスティーヴンソンについてあれこれ書いてみようかなあ、と考えているところです。

    4年生4月4日、ロック・ウィローからの手紙――

What do you think is my latest activity, Daddy?  You will begin to
believe that I am incorrigible--I am writing a book.  I started it
three weeks ago and am eating it up in chunks.  I've caught the secret.
Master Jervie and that editor man were right; you are most convincing
when you write about the things you know. [. . .]  I am a realist now.  I've abandoned romanticism[. . .].  (p. 110)
(私の最近の活動はなんだと思いますか、ダディー。性懲りもない、と思われそうですけれど――本を書いているんです。三週間前に始めて、むさぼるように進めています。秘密をつかんだのです。ジャーヴィー坊ちゃまとあの編集者は正しかった。自分のよく知っていることを書くときにいちばん人をうなずかせることができるのです。・・・・・・私はいまリアリストです。ロマン主義はやめました。)


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peco

ジャービスぼっちゃん、忙しい忙しい言う割に、ジュディの読んだ本はちゃんと読破してるんですねぇ。仕事しろ、仕事を、って話です。
by peco (2009-09-10 12:34) 

morichan

peco さま
おっしゃるとおり。ぼんぼんの金持ちの社会主義者というのは、なんだか偽善的なところがあります。でも彼はたぶん幸か不幸か知的な人で、ちょっと太宰治的な生き方を親戚の中ではした人だったのかもしれません(適当)。彼なりに罪悪感を感じたり、自分が果たせなかった文学への夢をジュディーに仮託しようとしたのかもしれません。
by morichan (2009-09-10 20:23) 

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